第十八話 愚かなる聖戦開幕
太陽が、ちょこっとその顔をのぞかせるような時刻。リュカは、一度グンと背伸びをしてから【ベッド】から跳び起きた。頭には、妙な熟睡感があってスッキリと晴れ渡っている。自分でも、よく分からない人間だと思う。こんな国の運命どころか自分の命の行方の運命が決まるか決まらないかの日に熟睡できるなんて、と。図太すぎて笑えてしまう。
「ん?」
とりあえず、寝床の近くに畳んであった服を着ようとしていた時だった。トン、トンと扉を叩く音が聞こえた。リュカはとりあえず魔力を調べてからその人物の正体が分かると、そのままゆっくりと裸のまま扉の方に向かい、戸を開けた。
「おはようございます、リュカ殿」
「おはようございます!」
「おはよう、鉄仮面、アマネス」
流石は自分の最側近である。多分、自分が目覚めたのを感じてすぐに駆け付けてくれたのだろう。まぁ、それはそれとして後ろに控えているアマネスはよく分からないが。
「アマネス、よく目が覚めたね……」
「はい! 私は、鉄仮面様の専属侍女、ひいてはそのお仕え元たるリュカ様の筆頭侍女ですから!」
自信満々に言ってのけた彼女に、思わず頭が下がる。この忠誠心、そしてこの勢い、アマネスを筆頭侍女にした覚えはないのだが、彼女がそう思って行動してくれるのならば甘んじてそれを受け入れよう。というか、普通にこの子優秀だと、リュカは思っていた。
とりあえず、二人を部屋の中に招き入れたリュカは、扉を閉めて、服を取ろうとした。
「リュカ様、お召し物と鎧は私が整えて差し上げます」
「子供じゃあるまいし……でも、まぁ……それじゃ頼むわね」
「はい!!」
アマネスが先に服を取ってそう言って来た。リュカ自身が言ったように服着れない赤子でもないのでそんなことしてもらわなくても構わなかった。でも、アマネスはやる気に満ちているために断る気にもなれなかった。この決断力というか押切の強さというか、やはり彼女には目を見張る物がある。
「アマネス、やっぱり次の戦から戦場に出てみる?」
「リュカ殿、だからその話は……」
「ね、戦場に出たら私と鉄仮面両方に奉仕委で斬るんだよ」
「……」
前にもこの話をして、その時にも否定したと言うのにこの主はと鉄仮面は頭を抱えた。
きっと何度も同じ話をすることによってその感覚を麻痺差焦手いつの間にか戦場にアマネスがいてもおかしくはないと言う状況を作り出そうとしているのだろうが、勿論そんな事鉄仮面が許すわけがない。何故なら彼女はただの侍女、自分たちのように特別な出自を持っているわけではなく、リーゼなどのように特別な技能を持っているわけではない。そんな人間が戦場に出てもすぐに死んでしまう。だから、そんな提案退けること分けなかった。
「はい! 私、戦場でもお二方をお世話いたします!!」
アマネスが、異常にやる木であることを除けば問題はなかった。
「アマネス、しかし……」
「鉄仮面様筆頭侍女兼親衛隊隊長及び移動国家ヴァルキリー長リュカ様筆頭侍女アマネス! 命に賭けてお二人を守って見せますよ!!」
「……リュカ殿?」
「ん? 何?」
「……はぁ、いえ……」
どうやら、もう手遅れであったらしい。恐らく、リュカは前々からアマネスの責任感を刺激するために親衛隊隊長なる物を勝手にアマネスに授けていたのだ。親衛隊ともなると、戦場に出る鉄仮面を守る仕事を筆頭侍女の仕事に付属したとしても何の違和感もない。そう考えて、事前に彼女にその職を与えて、戦場に出やすくした。まったくこの子は変なところで頭が回る。そう鉄仮面が再び頭を抱えると、リュカはやや苦笑いをしながら言った。
「安心して鉄仮面。私も、アマネスの役職に関しては今初めて知ったから」
「え……」
「はい! 親衛隊の役職は≪レラ≫さんに貰いました! これからは人手不足になるだろうから、って!」
「……そう言う事ですか」
「そう言う事みたい……だね」
その言葉を聞いて、レラの真意をなんとなく理解した二人は、深いため息を吐く。恐らく、これはレラからの脅し。人手不足を解消しないとアマネスのような普通の女の子ですらも戦場に出ることになる。だから、ソレを解消しろという無言の圧力。推測だが、レラはこの時点でアマネス以外にも幾人かの人間に同じような謳い文句を行って勧誘、並びにその主従関係にある物、あるいは友人をかどわかしたのだろう。
今回の戦で勝つことができれば、人手不足という問題が解消できる可能性がある。彼女たちが戦う必要は無くなるのだ。
だから、勝て。
そう言う士気向上を狙っているのだ。まったく、単純な作戦を用いる。だが、単純だからこそそれと同程度の人間を操りやすい。そう言う事なのだろう。
「まぁ、そう言う事だから。がんばろう、鉄仮面」
「分かりました……この戦、必ず勝利を」
「勝利を……ね」
腕を突き出した鉄仮面。リュカは、その腕をこつんと叩くと清々しい笑顔を浮かべる。この純粋無垢なる笑顔に、たくさんの人間がやられたのだなと、鉄仮面は思ったと言う。まぁ、それは自分もそうなのだが。
「準備ができましたよ、リュカ様」
「ありがとう、アマネス……うん、完璧」
リュカは服、そしていつもの鎧人身を包み込み、最後に自分自身で鎧に付属している紐や脇差などの武器の最終確認を終えると、ススッと身を翻して扉の向こうに出ながら言う。
「行くぞ、鉄仮面」
「ハッ!」
「お気をつけて、行ってらっしゃいませ!!」
アマネスの言葉を背中に浴びながら、リュカと鉄仮面は出陣する。
もしかしたら、二度と帰る事の出来ない我が家から。足が出た瞬間、ふっと漬物石を頭に乗せられたような感覚がした。でも、もう逃げることはできなかった。
「……」
山のふもと、そこに今回の戦いで用いることとなる全百三十人が集結していた。皆、緊張感にその顔を歪ませている。
無理もない、これから行われる戦いは今までの中でも最も無謀な戦いなのだから。ともすれば、ここで全滅する可能性が高いのだから。
戦法、策はたくさん用意した。しかし、それが結果的に自分たちの命の保証につながるとは限らない。
全員が生きて帰ってくることは決してない。誰かが生き残る代わりに誰かが死ぬ。それが自分なのか、他人なのかは分からない。そんな運任せの戦いを強いられることとなるのだから。
リュカは、そんな少女たちの顔を見渡すと、微笑んだ。
「これで、最後になるかもしれないね」
言ってはならない文句だ。でも、それで士気が下がることはない。むしろ笑みを浮かべている人間が多数いる。この時点で、この集団があまりにもおかしなものであることが分かるであろう。彼女はさらに続けた。
「でもね、私は皆と会えてよかった。みんなと一緒にここまで戦う事が出来て、何より、誇りに思う……私が死んだとしても、その誇りを分かち合いながら向こうにみんなと一緒に持っていくことができる。それが、何よりもうれしいの……」
「……」
「私に憑いて来てくれたこと、私と戦いに出てくれること……その喜びをかみしめて私は全力をもって戦う。だから、皆も、私の後について立派に戦ってくれることをここに願います!」
リュカは、刀を勢いよく抜くとソレを天に掲げた。まだやや暗い中に粛然と輝く翠をひっさげた煌めきを皆に見せながら、リュカは最後に勢いよく叫んだ。
「天下統一……その先にある未来のために!!」
「オォ!!!!!!」
これが、エリスが聞いたというリュカたちの出陣前最後の挨拶だった。その言葉を締めとして、リュカは一人暗闇の中に消えていき、しばらくしてから他の人間たちもまた各々の布陣に広がっていった。
「お姉ちゃん……」
{生きて、帰ってきて……}
エリスの隣で、不安げにそれを見つめるケセラ・セラ、アサカなどの居残り組とともに、彼女はただ祈るばかりであった。皮肉なことに、その祈る先にいる神様を祀っているのが、今回の戦相手であると言うのに。
一方で、イェンエンの前では日が昇った直後のうすら寒い中に五万人を超える規模の群生が集まっていた。
最前線を軽装備の人員で固め、中盤には装備の硬い人間たちを並べる。その中には、騎乗している人間も見え、そして最後尾の国に一番近いところにいかにも強そうな見た目をしたごつめの人間たちが集まっていた。
彼らが布陣するのは、国真正面。本来であれば大きな森があったはずの場所を伐採し、そして自然をからした戦場である。こういった戦場はどこの国にも見られており、ソレが一番戦いにも防衛にも楽であるそうだ。
その集団の中でも恐らく一番位が高いと思われる男が言った。
「皆の衆、既に知っての通り、この国に侵攻を仕掛けて来る愚かな国が現れた」
「ケケッ……」
愚か、か。どの口が行っているのやら。中盤付近にいた、しかしやや身軽な兵士の一人がその言葉を心の中で嘲笑った。
「敵の戦力はざっと見て三百。たったの三百だ。対して我が軍は五万。さらに傭兵として呼んだ人間、他国からの支援者を含めれば何倍もの人間が救援とくる。まず、負けることはないだろう。が」
そう、負けるはずがない。今この場にはいないが他国からの支援の軍が今もなおこの国の援軍として遠出してきている。さらに傭兵としてある組織の人間たちを集めて増強をして、負ける要素が見当たらないようにしているのだ。
だが、それでもあえて男は言う。
「この戦力差の中で、あえて望んできた精神。私は尊敬にすら値するものと思っている」
尊敬の念、ある意味ではそれはリュカたちを愚弄する者であった。よくもまぁこの程度の軍勢でこの国に攻め込尾網としたものだと言う愚弄。罵り、舐められたものだと言う怒り。それも含まれているのだろう。
「故に、徹底的に潰す! 我らが神、マコトの名に置いて! 我らが国を脅かす存在をここで排除する! 全ては、民のために!!」
「民のために!!」
何と耳障りの良い綺麗事か、しかし、人間は綺麗事という物が一番の好みだ。綺麗事を言っておけばなんだって許されると思っている種族だ。だからこその敢えて民のためを謳った。
ただの道具とする、そのために。
「そ、総大将!!」
「どうした!」
「敵です!!」
空中から、セウォックに乗って遥か彼方を監視していた軍人の一人がそう報告した。
ついに、来たか。
「それで、数は!」
全員で特攻に来たのか、いや敵も愚かではあっても馬鹿ではないのだ。そうとしか考えられない。この歴然とした戦力差だ。ありとあらゆる奇策を弄している可能性もあるが、例えどれだけの策があろうともこの人数差を根底からひっくり返すこと等できないのだ。そう、自信満々に聞いた男の言葉に、セウォックに乗っていた男性は固唾をのんで呟いた。
「一人……です」
「………………何?」
「敵が、敵が一人で、こちらに向かってきているんです!!」
馬鹿が、いるのである。残念な事に、この世界には。




