第十六話 確信と迷い
「……」
「メンカ、納得していないのは分かるけど、そんなに怖い顔したら、可愛い顔が台無しになるよ」
「台無しになっても……構いません」
「むぅ……」
月の光に照らされた病床のケセラ・セラの言葉につっけんどんな返答をしたのは、今にも泣くかのように目が腫れかけているメンカである。その隣にはマルカやカルラレスタ、クラクの姿もある。
ニカムリバから旅立った後に移動国家に作られた救護所。当然木製のロッジであり、中には五床ほどの【ベッド】が置かれている。その周囲の棚には怪しそうな小瓶の中に色鮮やかな液体たちが入れられていて、何とも美しい姿をのぞかせるそこは、長期的な治療を必要とする場合の事を考えてリュカが作った物。
とはいえ、今のところキンとエイミーのおかげで長期療養の可能性がある人間は出てこなかったので、昼間の戦いで出血多量で運ばれたケセラ・セラが、この救護所の【ベッド】初めての使用者となる。ここに運ばれた中で一番の大けがだと、ニカムリバから乗り込んだ医者の卵の元特別料理騎士隊員のゲールはしかし、腕が鳴って仕方がなかった。
前のマナゴの戦では、自分たちの国の人間で怪我らしい怪我をした人間はおらず、主にイホの国の軍人や、マナゴの国の一般人の治療のために外に出ていたから、この場所を使う事はなかったから、ケセラ・セラが運ばれてきたときには楽し気に笑みをこぼしていたとか。
それにしても、だ。
「本当、便利な魔法があって羨ましいなぁ、ね。カルラレスタちゃん」
「いえ、私も無我夢中だったから……次もできるかは……」
ゲールの言葉に謙遜するカルラレスタは、可愛かった。
彼女が使用した身体の負傷を完全に回復する特別な魔法。彼女たちがある意味で自分の仕事を奪って言っているのは間違いないのだが、しかしその魔法が欲しいと願うのは医者として当たり前の事だった。
医者としての頂点の技術、と言っても過言ではないだろう。というか、そもそもそんな完璧な回復魔法以前に魔法によって身体を治すことができる魔法の存在についてまことしやかな噂話程度にしか聞こえてこなった技術を成功させた者たちがいることに当初は驚きを隠せなかった。
そのため、彼女はその魔法を見た後からこの国に乗り込み、頻繁にエイミーに教えを乞うている。しかしいまだに魔力は安定しない。一朝一夕では難しい技術を簡単にやってのけた、そんなカルラレスタに嫉妬心すらも覚えた。
でも、特別な人間と凡人の自分を比べてはならない。凡人は凡人なりに、努力をし続けなければならないのだ。身体に影響を与えると言う意味で似た魔法を使っているクォーツの助言もあって、最近はちょっとしたかすり傷程度の治癒を早める魔法が使えるようになったゲール。
そんな彼女曰く、この救護所に来る人間と言ったら他には食あたりや先ほども言ったかすり傷。それから二日酔いでセキーヌが運ばれてきてトアが叱ると言う場面に何度も遭遇した。一体どこで酒を手に入れものやらと、トアが頭を抱えていた姿をよく覚えている。というか、一個前の戦の時に合流したセキーヌなのだが、もはやこの国の名物と言ってもいいような存在になっているのが驚きある。順応性が高いのか、この国が水にあっていたのか。何にせよ、彼女がどこから≪酒を密輸≫しているのか、突き止めなければとトアがこの前言っていたのが印象に残っていた。
正直自分も欲しい。主に消毒という観点から言って。
「それで、ゲール……本当に明日の戦に出たらだめなの?」
風をひた子供のようにつぶらな瞳で見られると、一瞬だけ心が揺らぐがゲールはそれを乗り越えて無情にも告げた。
「血管、神経、筋肉に骨。全部完璧につながっているけど、失った血液はゆっくりと戻さないとね」
人間の血は足りなくなってはならない。かといって多すぎてもならない。と最新の文献の一つで見た覚えがあるゲールは、そう言えばとこの間リュカが言っていた言葉を思い出した。
それは、以前リュカがこの救護所を作る際の視察の時だ。自分は、この場所で血液型を判別する最新の液体の話をしたところ、彼女はまだそこまでなのかと発言した。自分にとって、それはとても印象に残る物であり、なおかつ敗北感すらも感じていた。
けど、そこでようやく自分がこの国を選んだのは間違いじゃなかったのだと確信した。
彼女には野心があった。この世界の医療技術をより高度に、より安全にしたいと。リュカから、朧気ではあるがいくつかの医療技術について学ぶことができた。現在ケセラ・セラに行っている輸血もそうである。他人の血を、また別の人間に移送するという技術。こんなものニカムリバで一番の医者であったとしても想像することもできないのではないだろうか。
リュカには不思議がいっぱいだ。しかし、それ以上に人体の不思議を紐解くのはより楽しい。ゲールは日進月歩の医療の世界でただひたすらにもがく人生を、これからも歩み続ける決心をするとともに、目の前で悔しそうに下を向く女の子を見つめた。
「そっか……」
リュカや、この国のために戦えないのか。そう言わんばかりの表情を浮かべる彼女の顔は、どこか痛々しいものを感じた。
しかし、それはメンカ、及びマルカも同じことだった。
彼女たちは、元からリュカによってこの国の民を守るために国に残るようにとの指示が出ていた。これは、彼女たちを前線に出さないための配慮。悪く言えば、事実上今回の戦に彼女たちの必要がないと言う事の裏返しでもあった。
「私達って、必要とされてないんだね……」
「そ、そんなことありません! 二人は、まだ戦場をそんなに経験してないでしょ? だったら……」
クラクが焦り交じりにマルカに弁明した。実際、マルカは元々ニカムリバ一般国民の一人にすぎず、メンカは軍人ではあった物斧この間のマナゴとの戦が初陣、しかも籠城戦だったため実際に戦場に出ることなく色々とあってからこの国へと引き取られた。
彼女たちはまだ実戦経験が少ないのだ。だから、大戦に出すことはできない。もっともらしい分のように思える。だが、それをいうなら。
「カルラレスタちゃんだって、城に幽閉されていた一般人だった……」
「え、えっと……」
それを言われるとぐうの音も出ない。確かに今回の事件の中での功績と、前回のリュカとの戦いでその高い素質という物を見せつけたからと言って、前線に投入させてもらえるカルラレスタと比較すれば、新兵だからといって戦場に出してもらえないのは不満に思うだろう。
勿論、今回の戦の相手が新兵では荷が重すぎる事や、カルラレスタがヴァルキリーという特別な存在であることは重々承知している。けど、そんな事を言ってたらいつまでたっても≪この国での初陣≫を経験することができない。そう、二人とも思っていた。
「私達って、この国にいる意味あるのかな……」
マルカは朧げに呟き、手の上に乗せていた拳を握りしめた。
「少なくとも、お前を他の所で殺させない。という事はできるだろうな」
「え?」
その言葉と同時に、まるで引き寄せられたかのように窓から一つの影が舞い降りた。そこにいたのは、リーゼである。彼女は、その場にいる人間たちの顔をゆっくりと確認した後に続けた。
「お前は、元々死に場所を求めている。そんな人間を、簡単に戦には連れて行けない」
確かに、自分は罪滅ぼしがしたい。罰を受けたい。そう思ってこの国に乗り込んだ。それは事実だ。
「だったら、なおさら……」
「だが、これは私の推測だが……あの女はお前が死ぬことを望んでいない」
あの女、すなわちリュカの事である。
リーゼは、彼女からマルカに関わるほとんどすべての事を一任されていた。監視もその一つ。彼女がこの国を抜け出して危険な獣が跋扈する森に行かないようにしてとの依頼を受けていた。
全く持って、隠すのが苦手な不器用な女だとリーゼが笑ったら、リュカもまた悪かったわねと答えて見せたのがとても印象に残っている。
自分のしている矛盾に気がつきつつも、葛藤して答えを決めている。若い故の危うさ。しかし、若いが故の甘さにちょっとうらやましさを感じた。
「確かにリュカは矛盾している。だが、それはその存在自体が矛盾しているからだ。お前たちも、それを理解したうえでここにいるのだろ?」
「……」
その言葉に何も言えなかった二人を尻目として、リーゼはその場にあった椅子に腰かけながら言う。
「誰かが死ななければ進めない。だが、誰も死なせたくないと言う屈折した思いがある。そんな曖昧な感情が、アイツをアイツたらしめている一番の理由なのかもしれないな」
「誰も、死なせたくない……」
なんという自己矛盾の塊なのだろうか。己は大量の人間を、マルカの母親をも殺しておいて誰にも死んでもらいたくないなんて。いや、彼女の母クランは殺されても仕方のないことをやっていた。だからこそ、自分もまた死にたい。そう願っていて、それでこの国に来たのに。誰にも死んでもらいたくないなんて。そんなの―――。
「おかしいよね」
「へ?」
そう言ってマルカとメンカの肩に抱き着いてきたのは、何を隠そうそのリュカ本人であった。
「い、一体いつからそこに……?」
「『台無しになっても……構いません』のあたりから」
随分前からいたようである。という事は、諸々の自分から彼女への批判については全部聞いていたと言う事か。
「あ、あの……」
「弁明はいいよ。私だって、おかしいって自分で思っているんだから。でも、これだけは言えるよ……」
髪を掻きむしった手をマルカに向けながら、確かなる口調とともに彼女は言った。
「もし私じゃなかったとしても、絶対にマルカは戦場には出せなかったし、メンカだって戦場には出せなかった」
「それは同感ね」
「あ、レラ! 皆も!!」
「ケセラ・セラさん。お見舞いに来ましたよ」
といいつつ、扉を開けてエリスやセキーヌ等大勢の人間が救護所に入って来た。いくら五人分のベッドを置ける広さを有しているとはいえ、一つのベッドに集まったらかなり手狭な印象を受ける。
本当は、日中の間にここに来たかった。でも、言い訳になるが忙しくてその時間が取れなかったのだ。事実なので仕方ないことである。それに、だ。
「明日は戦だし、それ以降はどうなるか分からないしね」
「明日……」
そう、明日の戦。ソレが良いように終わっても、悪いように終わっても、ここにいる≪誰かがいないだろう≫。そう、リュカは覚悟をしていた。だから、こんな戦前日の夜遅くという大切な日に、ケセラ・セラという前哨戦に挑んでくれた女の子を見舞いたかった。明日につながる、大切な戦いを終わらせてくれた女の子に。
因みに。
「ケセラ・セラちゃんよく頑張ってくれたね、ほらこれ私からの差し入れのお酒!」
「アンタ、今回はどういった方法で酒を手に入れたのよ!」
「リィナさんにイェンエンお見上げってことで買ってもらった」
「向こうは命がけの長穂任務だったのよ! 何を遠足帰りみたいなことをさせてんのよ!!」
「リィナさんだって快く引き受けてくれた辛いでしょ!!」
なんて不毛な喧嘩が後ろの方で行われていたりする。いや、それもそれで情報収集の一環であったので不要だったわけではないのだがそれはともかく。
「流石に、お酒はまだしも水だったらいいわよ。ほら、ケセラ・セラ。それにリュカさんも」
「ありがとうございます」
ゲールは、その場にいるリュカの仲間たち一同―一般国民のエリス等ミウコから一緒の分隊一同、カイン、リーゼ、セキーヌ、トア―とカルラレスタたちに水を器一杯分渡す。そして、それが全員に行きわたったところで、リュカは女神のような屈折した目を見せる。
「明日、私たちがどうなるか分からない。私が死ぬのか、別の人が死ぬのか。一番いいのは、私だけが死んで他の子たちは皆イホに逃げることだけれど」
「それはよくないのでは……」
エリスのツッコミもそこそこに、リュカは続けた。未来を見すぎた、欲望の事を。
「でも、これだけははっきり言う。もしも明日の戦にかったら、その次の戦からはマルカやメンカにも前線で戦ってもらう。ううん、戦ってもらえるようになってもらいたい。だから、この戦……絶対に勝つ……かって、世界を変える」
その目は、本気だった。やっぱり、この人は何かがおかしい。だが、そのおかしさが面白くてたまらない。レラを含めた全員がそう考えて居た。明日、生きるにせよ死ぬにせよ、自分たちは彼女の下で戦った。その事を誇りに出来るような存在に、リュカになってもらいたいと誰もが思っていた。
「それじゃ、明日って日を祝して、乾杯!!」
「乾杯!!」
こうして、おかしな女たちの最後の日常は終わりを迎えた。
これからは、おかしな軍人による戦いの始まりである。




