第十五話 弱さ
「被害報告、もうできる?」
「負傷二名、うち一名重傷。他山の一角で十数本の倒木……死人がいないだけで、大したことはないのは運が良かったわね」
「それどころか、質のいい宝石ができたってクォーツは喜んでたわよ」
いつもの面々の集まった天幕の中、そこでリュカは今回の厄獣襲撃事件の事の顛末を聞き終えた。と言っても、当の本人が現場に行ってその状況を確認したためほとんど形式的な物であるのだが。
その後の報告の中で、負傷した二人、特にキンに関してはカルラレスタの回復魔法によって回復し、次の戦にも出られるくらいには元気になったそうで、安心した。
だが、問題はケセラ・セラの方だった。
「容体は?」
「……カルラレスタに感謝する事ね、致命傷を喰らってそれでも生きていられるんだから……でも、次の戦には間に合わないわ」
「そう……」
どんな回復魔法にも弱点はある、という事か。リュカは今後も彼女たちの回復魔法には完全に頼り切ってはならないんだと頭の中で反芻した。今回、確かにケセラ・セラの命は何とかとりとめた。しかし、流れ出た大量の血液は彼女の中には戻らなかった。
当然だ。純潔の血が汚染されれば、二度と身体に入ることは許されないのだから。両腕と、右足の切断された場所から放出された血の量は彼女自身も見た。正直、生きているのが奇跡と言ってもいいほど。よくカルラレスタが来るまで身体が持った物だと、ニカムリバから連れてきた医者の卵の騎士が言っていた。
結果、虚血状態に近い物となり、その騎士が主導となっての輸血を行っているのだが、危険な状態が続いている。今は生きているとしても、明日明後日はどうなるのかはまだ分からないそうだ。しかし、神経と血管の接着は完璧だったから、造血する状態にまでなれば戦場に復帰できるのは間違いない、そうなのだが。
「間違いなく、次の戦には間に合わないわね」
「……」
虚血から脱して、体調を元の状態にまで戻すまで、早くても一週間はかかるだろう。そう医者が言っていたそうだ。つまり、近日中に始まるイェンエンとの戦にケセラ・セラの参戦は見込めないと、そう言う事だ。
不思議なことに、リュカはその事実を噛みしめたと同時に笑みを浮かべてしまった。
「リュカ?」
「ゴメンね……正直に言うと、ケセラ・セラが戦場に出なくてよかったって、そう思っているの……」
「……」
「勿論、戦力が落ちるのが残念だよ。でも、やっぱり……大切な人が戦場で死ぬのは嫌だから……」
爆弾発言だ。自分自身がそう思ってしまったので身振り手振りで必死に見繕ってしまう。けど、本心なのだから取り繕うも何もない。
自分勝手な理由だと我ながらにして思う。他の、多くの仲間たちを戦場に送り出しておいて、親しい人間たちを戦場に差し出しておいて、一番最初に仲間になってくれた人間を贔屓するなんて、良くないことだと思っている。
でも、どうしても心情的には冷たくなることができないのだ。一番近い人間だからこそ、思い入れのある子だからこそ、心配で心配でたまらなくなるのだ。うえに立つ者としては、失格だろうが。
「弱さを見せられるのも強さ……か」
「え……」
自嘲的な言葉を考えるリュカに対して、リーゼが目をつぶって呟いた。
「アサカに聞いた言葉だ。私も同じだ。もし……そう、それこそアサカが戦場の一番前に出るのであれば、きっとお前と同じ気持ちとなる……それは、誰だってそうだ」
「まぁ、そうね」
私の場合は殺したくても死なない飛んだ馬鹿だけど。トアは心の中でそう愚痴った。
誰だって、大切な人の一人や二人はいる。その多くが、戦場に出てもらいたくないと生きていてもらいたいのだとそう願っているのだ。みんな自分勝手なのだ。だからこそ、その大切な人が死なないように努力し、成長し、そして己を高めることができるのだ。
弱さを見せてもいいではないか、ソレをはっきりと言葉に出して、相談できている時点で強さではないか。弱さの中で傷のなめ合いができるのだ。
そうやって人は成長していくのだ。だから、心配することはない。その場にいた面々は総じて意見が一致していた。
「皆、ありがとう……」
リュカは、その場にいる人間たちに感謝の念とともに頭をゆっくりと下げる。
切り替えて、だ。リュカはレラに問いかける。
「他に、報告することはある?」
「そうね……クォーツが生成した宝石はなかなかのものだそうよ」
純度、密度、煌めき。どれをとってもこれまで彼女が作ったどの宝石よりも上を行く厄獣で作られた宝石の像。もはや完成度が高くてそのまま美術品としておいても良いと一部で言われている物だった。もし、それを売れば莫大な富をもたらすだろうと。
しかし、クォーツの方からその宝石を個人的な理由で使わせてもらいたいとの申し出があったそうだ。曰く、その宝石を使って武器を作れば、強力な物になるのだと。
リュカはただ一言分かったと言って、宝石は武器加工の素材となる事、そしてその責任者として専門職人であるリョクエンを任命すると言う事となった。
総じて、今回の事件では国の中に厄獣が入ったと言うのにも関わらず一人の使者が出なかったと言うのが一番の利益となった。だが、ケセラ・セラが今回の戦に出られなくなった影響は大きい。何せ、彼女は年齢にたがわずにその能力を見れば第一線級の実力を持っているのだから。
レラもそれは認識していたらしく、ため息を吐きながら言う。
「作戦の一部変更を進言するわ。何せあの子を主体とした戦略も少しはあったから」
「やっぱり……」
リュカは今回の戦に際していくつもの作戦計画を立案していた。当然のようにその中にはケセラ・セラが一緒にいることが前提となっている物がいくつも存在しており、今回ソレラが使用できなくなったため他の計画を練らなければならないのだ。
そして、そのいくつかの作戦というのは正攻法とは全く言えない馬鹿げた者となってしまっているのだが、この細網そんなことどうでもいいというか気にしていられない。
「そこで、私はカルラレスタとクォーツの前線投入を進言するわ」
「あの二人を……」
「えぇ……」
頭の中では考え獲ていたことだ。でも、実際にレラの口から言われると少し堪えるものがある。
確かに二人ともがこの国の住人だ。しかしそれと同時にこの国の軍にも籍を置いている、軍人だ。しかしそれはあくまで最終手段としてであり、本当は―――。
いや、そんな建前を行っている場合ではないか。今回の戦いで最終盤のダメ押しであったとはいえ、最良の働きをしてくれて、カルラレスタはケセラ・セラと同じヴァルキリーで実力は折り紙付き。
であるのならば、心情的な理由以外で彼女たちを参戦させない理由なんて存在しなかった。リュカは頭の後ろに手をまわしながら言う。
「でもいいのかな? あの子一応、亡国の姫なんだよ?」
「亡国の姫だからこそ、実力もあって使い勝手がいい……そう考えましょう」
「そうですね……この世界にはそんな人間は大量にいます。そう言った人間を徴用していくのも、これからはありかも知れません」
と、≪亡国の妃に王位を譲った≫人間が後ろで囁いて来た
一瞬どういう立場で物事を行っているのかと思ってしまったのだが、しかし討つや討たれんやのこのご時世。国が滅んで彷徨っている姫たちが必ず跋扈しているのだ。そう言った立場の人間を救うと言うのもまた自分たちの役目であるのならば、その人間たちが本来持っていたはずのとてつもない力を引き出すのも、自分たちのお役目。
なお、もしもそれが王子とか王様であった場合は他国に引き渡す。そのようなゲテモノはこの国には必要がないのだ。
リュカは一瞬髪をかき分けた後にその手をパンと合わせ告げた。
「よし、カルラレスタとクォーツの参戦を認める。レラ、作戦の一部改訂を手伝って」
「分かったわ」
「あぁ、それから鉄仮面……それについでにトアもいいかな? クラクの説得をお願い。きっとあの子の事だから……」
「えぇ。自分の≪義妹≫が戦場に出るなんて反対するでしょう」
「本当はその役目はセキーヌがやるところだけど……まぁ、仕方ないわよね」
あきれ顔で言うトアと、そして仮面越しにも分かる笑みをこぼした鉄仮面を見ながら、カルラレスタの参戦に猛烈に反対するクラクの表情が手に取るように分かってしまう。まぁ、心配するだろうが、実力で言えば≪義妹≫の方が上であるので反対しても説得力はないだろうなとも。
それから、他の報告、例えば今回の襲撃で折れた木の利用や、跡地での農地の開拓、これからで是真になるであろう土地の中からどのように住む場所を選択するのか等、国家運営としての会議をしていた。その中で、リュカが飛んでもない提案をし、周囲が唖然となる中で一体どこから現れたのかセキーヌが楽しそうに手を叩いてトアにお叱りを受けてたりして、そんなこんなしていた時だった。
「リュカ……」
「カインさん、どうしたんですか?」
「リィナと、あの子の下についてきた子たちが皆帰って来たわ」
「そう……分かった。ここに連れて来て」
どうやら、イェンエンに諜報に向けていた面々が帰って来たらしい。早々にその少女たちをこの場に召喚することを求めたところ、数分で身なりを整えた久々に見る女性たちを天幕の下に集めた。
この臭い、鼻に抜けたソレにリュカは彼女たちに相当の試練を与えてしまったことを感じ、顔をしかめた。
「苦労……掛けたね」
「いえいえ、それが諜報のお役目だから。ね、皆」
「はい! 隊長!!!」
大した忠誠心である。声をそろえた面々に対してそう思ったリュカは、うかうかしていると自分のお役目を取られかねないと危機感を覚えていた。
いくら身が汚れても信じる者がいれば救われる、か。リュカはどこか妄信に近い態度をとっている面々に向けて、哀れみにも尊敬にもにた深いまなざしを送った。
「さぁ、報告してくれる? イェンエンの情報を」
「えぇ、まず……」
と、その時だった。天幕の天井を突き破って手紙が地面に突き刺さったのは。しかし、誰一人として眉を動かすこともなかった。ただ、その手紙を見るだけ。知っていたから。その手紙が来ることを、分かっていたから、空高くからわざわざ馬鹿のように魔力を放って報告を行っているのだから。
リィナは、それを拾い上げてから言う。
「これが一番の戦利品」
「……ですね」
その中に入っていた物。それが、今回の戦に置ける切り札であった。




