第十話 未来に残す
自分は、あと何回この星空を見上げていることができるのだろうか。未熟なる王リュカは、柄にもなく塩粒のソレに思いを馳せながら何度目か見当も使い案程のため息を吐いた。
それは、この先に待っている自分が死ぬかもしれない戦いへの憂鬱か、あるいは≪仲間を殺す≫ことになる憂鬱化。どちらにせよ、辛い戦いが待っているのは間違いないことだ。
分かっている。自分がドレだけ愚かな選択をしているのか。無茶だ、無謀だと言われることも承知の上。もしかしたら、止めてもらいたいのかもしれない。こんな暴走している自分自身を。
けど、だ。冷酷なことに彼女を止める存在は誰一人として存在しなかった。今日一日、多くの人間に会うために国中のあちらこちらに行ってたくさんの話をした。そして知った。みんなが皆戦争を従っているのだと。
≪どうして、皆して戦争をしたがるのだろうか≫。リュカは、あまりにも身もふたもない事を考えてしまっていた。そもそも戦争をしたがっている自分が考える事ではないと言う正論を考えこみながら、どこかで殺人を正当化する大義名分を探していた。
そうすることによってでしか、今のこの底なし沼に落ちたような心は救い出すことはできないのだ。あるいは、そうやって自分もまた後悔しているのだと、証拠を残しているかのように。
彼女は、迷いの中にいた。決して囚われてはならない迷いの世界に。
「リュカ」
「レラ……」
そんな彼女の下に、一人の少女が、レラが大量の資料と共に現れた。彼女は机の上にその資料を大雑把に置くと、ため息交じりに言う。
「ソレ、一応目を通したわ。貴方の意思はなるべく尊重したかったけど、いくつか訂正箇所はあったから、貴女も目を通してもらえるかしら?」
「……」
翠髪の少女は、一言も発することなく資料を受け取ると、目を皿のようにして文字を追った。
それは、作戦立案書。リュカが考えた、イェンエンを攻め落とすための戦術と戦略を事細かく記した物、ソレをレラが精査した物だ。
なるほど、かなりの量の作戦が訂正されているらしい。中でも、彼女が注目したのは自分が参戦させようとしていた二人の少女の扱いについてだ。
「どうして、マルカやメンカは置き去りにするの?」
「置き去りなんて失礼ね……皆して突撃したら、この山を守る人間がいなくなったらダメでしょうに」
レラは呆れるように返答した。リュカの当初の作戦では、現在この国にいる戦えるもの全員をこの戦に駆り出す予定であった。しかし、レラはそんなリュカの思惑を小ばかにするかのようにそれに関する文脈を訂正、理由を詳細化し、あまつさえ黒塗りにしてそんな作戦最初からなかったと隠滅するしまつ。
彼女に加減という物はないのだろうか。いや、ない。それは、彼女を一番近くで見守って来た自分が身をもって知っていること。
そして、レラの意見がもっともな事であるなんて少し頭を冷やせばわかる物であったと言うのに、どうかしていた自分を恥じる。自分は攻めの姿勢を崩さないつもりだった。でも、その覚悟があまりにも前のめりになっていたから、守りの事なんて考えて居なかった。余裕もなかったのかもしれない。
なんにしても、また愚かな王としての一歩を踏み出そうとしていた自分を食い止めてくれたレラに感謝しつつも、彼女は疑問を呈する。
「どうして、守りをこの二人を中心にした中隊にしたの?」
さっきまで守りの事なんて考えて居なかった事は度返しでだ、通常国の守りに付く人間というのは手練れであることが至極真っ当だ。国を攻めているはずなのに、逆に攻め落とされてしまったら元も子もないから。
しかし、レラが提示したマルカやメンカを中心とした中隊は、戦の経験がほとんどない新兵ばかり。このことについてレラはやや考え込む曽部地を見せて一笑する。
「経験のある人間ばかりが残っても意味はない。未来を託せる人間も、残しておかないといけないでしょ?」
「その未来があるかどうか、分からないのに?」
「少なくとも……この作戦が失敗すれば、ないわね」
「だったら皆で戦おう、って方向にはならないんだね」
「当たり前でしょ……馬鹿にしているの?」
「もし、本気で言ってたら?」
「貴方に王の資格はない。それだけよ」
分かっていることをずばずばと言ってくれるものだ。リュカはどこか自嘲気味に笑う。
「だからこそ、私の作戦で一番訂正するべき場所を訂正してくれなかったの?」
「……そうだといったら?」
「……フフ」
リュカは、その言葉に思わずもう一回笑みをこぼした。まったく、この子は優しいのか厳しいのか。多分、マルカやメンカ達に対しては前者。自分には、後者なのだろう。彼女と旅に出てから一か月近くになるが、どうにも彼女はミウコ以外の国から来た人間、とりわけ新兵には甘いところがある。
けど、それはリュカにとっての主観。本当なら、レラの考えの方が当然の思考なのだろうと思う。
確かに、自分は全員で戦った方が良いとは思った。でも、それはただの我儘にすぎない。英雄譚に憧れた愚か者の考えに過ぎない。未来を見据えて、有望な若者は生かさなければならない。自分は、そんな未来すらも忘れてただ今を生きるだけの人間になり果てていた。
そんな物、統治者として、そして指導者としてはあってはならないこと。国の未来を考えない独裁者にはなってはならないのだ。レラが訂正してくれた文章には、そうなってもらいたくないという願いも込められているよう気がした。
「分かった。私も覚悟する。だから、皆にも覚悟を決めるようにって……言っている間にもうみんな覚悟決まっているか」
「当然」
決まっていなかったら、こんな国に移り住むはずないから。いや、イホの国から来た兵士の中には何人か自分の意思で来ているわけじゃない者も混じっているので、その何人かは別なのかもしれない。でも、今のところこの国から出て言った人間は、逃げた人間は誰一人として存在していない。リュカは、それがあまりにも滑稽に思えて仕方がなかった。
「皆馬鹿だよね。こんな私と、こんな国について来てくれるなんて」
「この世界の人間は、皆どこかで悩んでいたのよ。今の自分はこれでいいのか、今の世界はこんなんでいいのか……子供たちに、未来を残せるのか。」
「で、移動国家何て変な場所にまで来たと」
「それくらいの変化が無かったら世界を変えることはできない。そう思ったからじゃないかしら……そう、皆馬鹿ばっかり……そして」
というと、レラはリュカの顎をクイッと持ち上げて今にもキスをしそうな勢いで顔を近づけると言った。
「その馬鹿達を率いているのが、貴女よ」
と。リュカは、その言葉に微笑みで返した。皆馬鹿ばかり。だからこそ、面白い。戦闘狂、戦好き、そして世界を変えたい志を持っている。そんな面子が集まったからこそこんな変な国が出来上がって、そして自分について来てくれる人たちがいて。
リュカは、そのことに誇りすらも覚えていた。
「とりあえず、イェンエンに到着するまであと三日。その間に、この作戦をお馬鹿さんたちにも伝えといて」
「えぇ、分かったわ」
リュカは、レラの言葉を借りるかの如くにその言葉を使った。ウワンが言うには、イェンエンに着くまであと三日。それまで緊張の糸を保ったままでいられるか。それもまた、一つの勝負。そして、自分自身を鍛え上げる制限時間であるとも考えていた。
「レラにとっては、凱旋試合になるわけだけど、意気込み……聞かせてもらえる?」
「凱旋試合って……」
突如としてこの質問、妙な物言いはセイナに似てきたのではないだろうか、とレラは呆れながらに思う。
「ただの故郷への……八つ当たりに過ぎないから。その点は忘れないでもらいたいわね」
レラのその瞳には、確かなる怒りが籠っていた。文字通り、龍がその中で暴れ狂っているかのように、あるいは烈火を吐き出しているかのように燃え滾っている物を感じ取りながら、リュカもその姿を見て何か学ぶべきことがあるような気がしていた。




