第九話 絵本だけの物語
侍女。その仕事は多種多様に存在する。お仕えする人間たちの身の回りの世話から、服などの洗濯、果ては庭の手入れなどなど。庭と言っても、ここは山であるので、そもそも周り一帯を庭に囲まれていると言っても過言ではないので、その仕事量は普通の侍女のソレを軽く凌駕していたりする。
ここに、さらに献身的で、鉄仮面とそしてその主たるリュカの専属侍女となっているアマネスの仕事なども色々と入って来る。主に、戦の準備や装備の整理、軍議へひっそりと参加するなどがあるのだが、それは基本的に例外。本来侍女の仕事ではないものまでやっているが故の事なため、存外彼女の献身的な態度という物が侍女という職業面からみるといかにむなしい物なのかが分かるかもしれない。
という事で、この辺りからリュカはアマネスの事を侍女ではないまた別の職業に付けることも検討していたのだが、それはいったん置いておくとして、アマネス以外の労働量も密かに相当な物となっていた。
無理もない。元々ミウコの城で働いており、そしてこの国に移住してきたのはアマネスを入れても合計九人。それだけの人数で一つの国の民と土地を丸ごと世話していると言っても過言ではないのだから、叱りを受けても無理はないほどである。
しかし、それでも誰一人として文句を言うこともなく黙々と仕事にとりかかっている姿勢を見ると、彼女たちの仕事にかける矜持という物を垣間見えて面白い。
ここに、一人の侍女がいる。その仕事の一部を見てみよう。
「昔々、ある国に怖い怪物が現れました」
そう言って、侍女の少女リコリスは、これまでの国で集めてきた子供たちに向けて絵本の読み聞かせをしている。本当だったら、ミウコやニカムリバで子供たちの他にもその先生も調達できればよかったのだが、教職の人間を他国から引き抜くのは文化面や思想面でも難しかったため、リュカにより侍女の仕事の一つとして任命されたのだ。
孤児院出身のアマネスは言わずもながだが、他の侍女たちもみな子供好きだったことが幸いし、ミウコ、ニカムリバ双方から来た子供たちはすぐに侍女の少女たちに懐いていてくれているらしい。
森の一画に存在しているやや木々の間から光が差し込む場所にて、寝転がったり、ポツンと座ったりしている子供たちを前にするリコリスの姿は、同じ女である自分が見ても美しかったと、リュカは語っている。
国の見回り、それもまた殿の大事な使命の一つだ。そう思いながら色々な場所を周っている最中、ふとその場面に出くわしたリュカは、これもまた縁であると思い、その席に座った。リコリスはそんなリュカを一瞥して、微笑み、ゆっくりと首を縦に振るとさらに話を続ける。
「怪物たちは、それはそれは恐ろしく、狂暴な存在。世界に降り立った瞬間に自然豊かな森を燃やし、水をからし、多くの人間を惑わし、その命を次々と奪っていきました」
はっきり言うと、あまり子供向けとは思えない内容だ。リュカは読み聞かせを行う絵本の内容に関しては侍女の少女たちに一任していたのだが、しかしまさか寄りにもよってソレを選ぶのかという驚きがあった。
因みに、絵本自体はカルラレスタに所有物だ。正確に言えば、マナゴが崩壊した直後に掘り出された物である。その絵本たちが、カルラレスタという少女の人格を形成し、そして力となった一番最初の種であると言えるのだ。
絵本の内容からして、納得しかなかった。
「そんなある時、一人の勇者が現れました。勇者は、そのたぐいまれな気力を使い、怪物たちを次々と土地から追い出すことに成功したのです。勇者はそれ以来、怪物たちから世界を守った英雄として、敬われる存在になったのです」
「それ、何頁か飛ばしてない?」
「なにぶん発見された状況が状況だったから……」
穏やかな声でそう言ったリコリスに、自分もまた変なやっかみを入れてしまった物だと反省する。
元から古い絵本だったと言うのもあるし、崩れ落ちた衝撃でページが飛ばされてしまったのだろう。起承転結が乱雑に置かれていて、普通に聞いてても何か腑に落ちないところがある。
その後も、物語は続いていく。勇者がどのように怪物たちと戦ったのか。怪物たちの異能な力を前にして、どのような策を練り、それらを駆逐していったのか。事細かく、リコリスの読解力と演技力も相まってか、ただの冒険記以上の何かを感じさせる迫力を持っていた。
でも、どこかおかしい。公平性に欠ける物語だ。そうリュカは思ったと言う。
「勇者によって追放された怪物たちは、それでもこの世界の侵略を止めることはありませんでした。ですが、心配はいりません、何度も蘇り、何度も侵攻してきても、私たちには勇者マコトがいるのですから」
マコト。どう考えても日本人の名前だ。恐らく、その勇者という存在もまた転生者だったのだろう。あるいは、その逆なのかもしれないが。
「これは、≪アース≫が生まれたきっかけとなった物語です。怪物はもういません。ですが、気を付けてください。もしかしたら、今もすぐそば、貴女の隣に斟酌者はいるかもしれません。≪我々≫はその侵略者の事を≪厄子≫と呼び、これからも、その存在がこの世界から無くすために尽力していきます」
なるほど、この絵本の制作者が言いたかったのはこの部分、そして先なのだろう。
リュカは徐に彼女に聞いた。
「ねぇ、リコリス……もしかしてその絵本の出どころって……」
「はい、恐らくこれはイェンエンの古い経典……その一部ですね」
「やっぱり……」
つまり、これから自分たちが攻めることになる国が制作した、自分たちの敵の厄子がいかに忌み嫌われている物であり、どうしてそうなったのか、そして勇者という偶像崇拝を行う意味を説いている物であるのだ。
けど、勇者という存在を利用して多くの人間たちの考えを一つに纏めようとするその姿は、宗教の中でも邪教の一種だと、リュカは感じた。最も、自分たちのやっていることも宗教という言葉以外は大体同じなのであるが。
「戦いを引き起こし、行くところに災いをもたらす存在、厄子。彼らはあらゆる手段を用いて自分たちの存在を隠そうとします。しかし、一つだけ我々人間と違っているある特徴が存在しています。それが……」
「髪色が他人とは違う事……ね」
そう言いながら、リュカは自分の緑色の髪を少しだけ引っ張った。そう、自分たちはこの髪色のせいで差別を受けて来た、らしい。それは、ミウコを出る直前の少しの間だけその扱いを受けていたから身に染みてわかるのだが、しかし他人とは違う髪色をしている。ただ≪それだけ≫が理由として怖がられ、畏怖される存在になると言うのはあまりにも不条理な事。
それは、ここにいる子供たちもまた同じことを思っていた。リュカがそうしたように、彼女の髪の毛を掴んだり引っ張ったりしながら子供の一人が言った。
「私は、リュカさんたちの髪の毛綺麗だと思うけどなぁ?」
「そうそう! 夜になると光るのもろまんちっく? だし!」
「ふふ、ありがとう。そう言ってもらえると私もケセラ・セラ、エイミー、カルラレスタも嬉しいとおもうよ」
と、リュカは自分以外にも普通の人間ではありえないとされている髪色を持った者たちの名前を上げた。
そう、たったそれだけ。昔話の怪物たちのように圧倒的な力もないし、災いを呼ぶ力もない。前にリュウガが運命力という力があると推測だけはしていたが、推測は推測。
自分たちはさして特別な存在ではない。特別な力を持っているわけじゃない。世界を侵略できるほどの凶悪な力を持っているわけじゃない。むしろ、普通の人間以下の力しか持っていないし生活もできなかった。ただ、それだけの人間なのだ、厄子というのは。
「本当、馬鹿みたい……」
リュカはそう呟くと、以前頭に浮かんだある考えを思い出し、そして首を振った。当然だ。だって、もし自分の推測が正しいとすると、先の物語の≪一部≫が正しいと言う証明になってしまうのだから。
もうやめよう。リュカは首を振り、考えを吹き飛ばすと周りにいる子供たちにリコリスの話をよく聞いておくようにと促して、ゆらりと立ち上がり、森の奥の方へと消えて言った。
そんな、寂しい少女の姿を見て、子供たちは一様に言う。
「やっぱり、普通のお姉さんだよね……リュカさんって」
「うん……」
「……」
子供は、純粋だ。であるが故に物事を一切の偽りを通すことなく見ることができる。そんな子供たちだからこそリュカが、いや厄子と言われ来た少女が特別な存在とはっきりわかっていた。
恐ろしさを感じないとか、そんな精神的な事ではない。自分たちがこれまで接してきた悪い大人たちから出る魔力の方がむしろ恐怖心を感じる、まさに怪物と呼べる存在だったから。だから、子供たちにとっては、リュカも厄子も、自分たちを良き道に導くための目標とするべき女性としか見えなかった。
目の前に、リコリスだってそう。自分たちを正しい道へと導いてくれる女性だ。そんな女性は、子供たちの様子を見てフフフと笑うと、絵本をパタと閉じて言う。
「そんな貴方たちに、とっておきの情報を教えてあげるわ」
「とっておきの……」
「情報?」
「えぇ……」
スッ、スッ、リコリスは、絵本の表紙を冷徹なまなざしで見ながらこすり、ゆっくりとした口調で言った。
「御伽話の外のお話……こんなものよりももっと面白いお話よ……」
子供たちは、その顔つきに悪い大人のソレを感じ取り、数人が漏らしてしまったと言う。
ちょっと怖がらせすぎたか。リコリスは悪戯が失敗した後の子供のように心の中でおどけると、話し始めた。
絵本に乗ることがない、怪物たちのお話を。




