第八話 導師
イェンエン国内における最高評議会。国の行く末を協議するべきであるその場所では外交、軍備、そして財政に携わる多くの人間が参加し、それぞれの案を持ち合い、より良い国にしようとする。それ自体は、どの国にもあり得るものだ。
しかし、それは表向きの面。裏側にある物は、そんな普通を鼻で笑う様な物だった。
「西の都市、バラクでの内乱は?」
「は、神の教えに殉じた司教の働きで一日両日には陥落させられると」
「よし、マナゴについては何か情報は入って来たのか?」
「それが……マナゴに関しては……」
「跡形もなくなり、我々の息の届いてない人間が国王となりました」
「フン援軍を待てずして行動に移すからそのようなことになる」
まるでこの世界の国全てを遠隔で操作でもしているつもりの様に嬉々として話す彼らの話を聞いているととてもではないが憤りを感じずにいられなかった。
何が不可侵の国か。何が神の教えの下戦争はしない国か。まぁ、そもそもその謳い文句自体は自分たちは懐疑的であったので、むしろあからさまにそうと言えるような言動ばかりを取ってくれるのは一周回って有難いとも思えてくる。
そう、予想していたことだ。このくらい。
そもそも、神という存在はあまりにも都合がよすぎるのだ。自分たちを教え、導いてくれる。そんな心のよりどころとして全ての人間の意思をまとめ上げてしまう信仰と言う罠。しかし、それがあればこそ人間は神を頼りに縋っていき、そしてその教えを説いてくれる人間の下に集まっていく。イェンエンという国がソレである。
その結果自分たちの力をもってすれば裏から世界を操ること等簡単だと言わんばかりに、馬鹿どもが自分たちの私利私欲を語り合う。命を弄ぶことしかできないとんでもない、外道達だ。
そんな彼らの話を聞いていると吐き気がしてくるのだが、これもまた仕事のひとつ。彼女は周りに人がいないことを再認識して、再び会議の話に耳を傾ける。
「では、続いては例の国に関してです」
「移動国家とやらか……」
「はい、既に例の国の人間であろう者を国の周囲に確認。恐らく、偵察の人間であろうかと」
やはりもうバレたか。いや、バレるように動き回るよう指示を出していたのでそうなるのは当然の話だったのであると、天井裏に隠れるリィナは頭の中で仲間達の無事を祈りつつ、より踏み入った情報がないか耳を研ぎ澄ませる。
「こざかしい真似を……自分に害をなす国は真っ先に葬ろうと言うわけか」
「うつけにも程がありますな」
それは、同意せざるを得ない。表向きの理由であったとしても裏向きの理由があったにしても、この国を攻めるという行為がいかに愚かな選択であるのかは何度も何度も論述しているので分かりきっていると思う。だが、その事は逆に相手にとっての油断になると言ったのは、一体どこの翠髪の馬鹿の言葉だっただろうか。
そして、それはこの国にも言えること。実際、先までの話を聞く通りなら自分たちの理にならない国を次々と滅ぼしているようなのだから。
「浅はかにも程がある」
「どうします。捕えましょうか?」
「捨て置け、どうせ我が国に入ることすらできん」
もう入ってたりして、その会話を聞きながらリィナはフフッと笑みを浮かべた。
そう、表で動き回っている人間たちは全て囮。本命である人間はもうとっくの昔にイェンエン国内に入り込んでいたのだ。手見上げと、仕事をしたいと言う名目を持っての潜入と、本当に神聖なる神の国であったのならば絶対に受け入れないはずのソレを彼らは嬉々として受け入れた。やっぱり男とは単純で扱いやすい物だ。
おかげで、自分や他数名の諜報の人間が休憩時間を持って国内を自由に散策することができ、山のように情報を集めることができる。既に集めた情報だけでイェンエンを攻める≪大義名分≫すらも手に入れてしまって、逆に順調すぎて恐ろしくなってしまうほどだ。
「それにしても、厄子が統治する国ですか……」
「うむ……マナゴからようようの身体で帰還した兵士の話が無ければ信じられない物だ……」
「自らの優位性に気がついたのでしょう。まったく、面倒なことになりましたねぇ……」
どうやら彼らも分かっているようだ。厄子が持つ少し厄介な力の存在に関して。
リュカの場合は、潜在的な魔力はほとんどないが、周囲の人間の魔力を自分に取り込むことができる―リストバンドの補助も少しだけあるが―。
ケセラ・セラの場合は爪や牙に魔力を集めるのに長けていて跳躍力や瞬発力も凡人の倍以上はある。
エイミーは拳に集める魔力の量と質が異常。おまけでこれにエリスの作ったリストバンドを装着すると言うのだから、元々魔力の質が異常だった彼女がどのように変化するのか考えるだけでも恐ろしい。
そしてカルラレスタ。彼女は絵本を読んでいたことによる想像力を膨らませて、魔力で武器自体を作ることに長けている。自由な発想で自由な武器を自分の手で作る事ができるのだ。
皆それぞれに個性的な魔力を持っている。個性的な戦い方をしている。それは、ひとえに厄子という他とは少し違った存在であるが故になせる業であるのかもしれないなと、そうリィナは思っていたと言う。
「うむ、我々の神に忠誠を誓ったミウコのラクラス。そしてマナゴのアルクルス……惜しい人物を亡くした者です」
「だが、連中もそういった物から危険を認識したのだろう。だからこそ、我が国を攻めてくるのだ……無謀にもな」
惜しい人物。アレがか。リィナは言質を取れたことを嬉しく思いながらも、自分と彼らでの評価の雲泥の差に眩暈がしそうになった。
結果だけを見ても分かるが、国に害を及ぼした割に、その損害自体は微々たる物だらけ。ミウコは女王を失った。しかし、武力にも地力にも長けた新しい女王が誕生した。
マナゴは粉々になって国自体が無くなった。だが、国民は多くが生き残り、新しい清廉な男の子が王となり、代表となり、全員での亡命に成功した。
やったことの結果、己らの味方だけが失われた事に、ここにいる愚かしい者どもは気がついてないのだろうか。
「それで、どうしますかな?」
「いい頃合いだ……例の道具を試す好機でもある……」
道具、その言葉を聞いた瞬間にリィナにはこの国の中に入った時の様子がまるで時を戻った時のように鮮明に思い出された。
男達が、自分の後ろにいた人間達を受け入れた、その時の悪辣に満ちた嬉々とした表情。
恐らく彼らの言っている道具というのはソレの事なのだろうが、リィナは二重の意味で歯がゆい思いを感じていた。できるのであれば、今ここで戦闘を行うのもやぶさかなし、そう思えるほどの強い怒り。
きっとこれがリュカであったのならば一人でも戦争を仕掛けに行くであろう程の暴言に憤りを感じている中、会議室の中のある男性が、恐らく立ち上がって言う。
「我が国はこれより臨戦体制に入る! 準備にかかれ!」
「はッ!」
その言葉と同時に立ち上がった人間たち。自分もまた元の仕事場に戻らなければならない。そう思い、リィナが聞き耳を立てる魔法を解除して立ち上がった。
それと、ほぼ同時であった。
「……偉大なる創世神≪マコト≫様。我々にその加護を与えたまえ……」
この国を治めている導師、と呼ばれている男が、背後にある胸像に向けてそう祈りを唱えたのであった。
その男は、不敵な笑みを隠そうともしていなかった。
愚かなる人間たちめ。きっと、この男はこう思っているに違いない。
そう、リュカだったら断言するだろうと、とある手土産とともに国内に入った人間は魔法を解除して、彼らが道具と呼称したモノ達を思い出しながら宿舎の方に向かった。光の中で笑みを浮かべて話し合って、現状≪解読不能な≫言語を使用しあっていた、でもとても愛おしいそのモノ達のことを思い出し、ソレもまた微笑むのだった。




