第七話 共犯の友
戦争をする、それもあの神聖な国イェンエンと。
そんな恐れ多いことをして本当にいいのか、罰が当たったりしないだろうか。
そんな当たり前な考えをしない人間なんて誰一人としていない。神という絶対的なのと敵対することを恐れない人間なんてこの世に存在しない。
少なくとも、この移動国家の新しい国民となった人間は、当然なように不安を抱え込んでいた。
「……」
メンカもその一人、である。彼女は所属することになったその当日に知らされた。自分たちがイェンエンを攻めると言う事を。いや、もしかしたら所属が正式に決まっていたと知った日だっただろうか、今となってはもうどうでもいい話なのだが。
果たして、彼女はずっと朝靄の様な頭で考え続けていた。自分が、あの神聖な国と戦争をする。その恐怖、その重荷を背負いきれるかどうか。
正直言うと、無理だ。
彼女はまだ幼すぎた。年齢ではなく、戦を経験する者としての場数の年数が、だ。
もしもこれがリィナやカインのようにいくつもの戦場を知っている人間であったり、そもそもそのあたりの都合を一切考えて居ないセキーヌやクォーツであれば心の整理を簡単に付けることができるであろう。
しかし、彼女はまだ一般常識という物を心の中に宿していた。故に、当たり前のように思い浮かぶ恐怖。
他国から非難され、罵詈雑言を浴びる可能性という未来。
普通の人間であれば耐えきることのできない重圧。
戦場を一つも経験した事のない一人の戦乙女では到底考えられない程の重圧がのしかかっているのだ。どうするかという答えなんて、出せるわけがない。
だから、こうして考えて居る時間も無駄であったと言ってもいいだろう。
「あ……」
その時であった。一人の女の子と出くわしたのは。
出くわしたと一言で物を言っているが、今彼女たちがいるのは広い広い山の中でも道路も何もない森の中。そこで他人と遭遇することができたと言うこと自体幸運な事なのかもしれない。そんな運のいい二人の内、少し怯え気味な少女の方が言った。
「あ……えっと、貴女は?」
「あ、えっと……イホの国から来たメンカです。初めまして」
「私は……ニカムリバから来たマルカ……です」
マルカ、確かリュカから説明があった女の子の一人。ニカムリバで裏競売をしていた人間に、嫌々付き合わされていた娘、だっただろうか。
大体は合っているのだがちょっと間違って覚えている辺り、メンカの頭の残念さという物が垣間見えてしまう。
根が、似ているのかもしれない。深々とお辞儀をしあった二人が仲良くなるのに、それほど時間はかからなかった。
「そう、それじゃマルカは死にたくて戦場に出たいって思っているんだ……」
「うん、それが唯一の罪滅ぼしになると思って……でも」
一度も、戦場に出してもらえない。この間のマナゴとの戦の時だって。
今思い返してみると、マナゴとの戦の時リュカカインやリィナ、それからヴァーティーたち、ミウコで手に入れたという戦力ばかりを使っていた。この山に住んでいたエイミーやキン、ニカムリバで手に入れた戦力であるリーゼ達を使う事はなく、それ以前の縁故採用にて戦に臨んでいた。
弱体化したマナゴを相手にして、それほど戦力を注ぎ込む必要はないと考えて居たのか、あるいは油断をしていたからなのか。前者ならまだいいが、もしも後者だった場合これからも同じ考えで通していたら恐ろしいものがある。そうメンカは思っていたらしい。
そして、マルカの方に関しては。
「きっと、リュカさんは私のそんな愚かな考えを知っている。だから、戦場には出してくれない……」
自分を戦場に出したら、率先して死にに行くことになる。だから、自分を戦場に連れて行くことはしない。そう、マルカは考えて居た。
当然と言えば当然だ。むざむざと死にに行くような人間、戦力になるはずがない。力になるとしたら、必死に生きたいと願っている人間の方がよほど生存率も勝率も上がるはずだ。
確かにそうだ、けど。
「私は、違うと思うな……」
「え?」
「あ、いや……なんとなく、何だけど……」
そう、なんとなく、だ。なんとなく、イホの軍の指揮を執っていた父メニアと母イトナを見続けて来た彼女には分かるのだ。リュカがその程度の事でマルカの戦場送りを見送っていた理由にはならないのだと。
「マルカさんって、戦場の経験が、ないんでしたよね?」
「うん、そうだけど……」
「私もそうだけど、経験のない人をすぐに実践に投入するのは危険……だから、最初は後方支援とか、見張りとか、そんな感じで少しづつでも場数を、踏んだ方がいいって、そう思ったんじゃないかな?」
自分と同じだったらいいな。そんな願望も込められていたのかもしれない。
でも、その答えには問題がある。
「でも、戦場に出してくれないんじゃ場数を踏むも何もないんじゃ……」
「た、確かに……」
マルカの言い分にも一理ある。そもそもメンカの時だって、戦場の最前線とまではいかないが、籠城戦の中で戦の空気という物を感じ取ってもらおうとしたイトナの配慮が見て取れるし、完全に戦場から離さているマルカとはまるで違った考えの下動かされていたのは分かる通りだ。
指摘されて気がつくメンカも相当ではあるのだが。
「マルカさん……死にたいんですか?」
「……うん」
できれば、今すぐにでも。
仇となる母親はいない。人生の目標としていた母親はいない。こんな世界に未練はない。
でも、居場所はある。ここで働けと言われた場所がある。
曖昧な世界。
そんな世界で生き続けなければならない。
生きたいと願わなければならない。
そんな不条理の中で生きる自分。
それに、どこかしらで違和感を持っていたのかもしれない。
でも、自分から死ぬ勇気はなかった。
他人に殺してもらいたかった。
意味のある死を貰いたかった。
だから、彼女は戦場を望んでいた。
のかもしれない。
分からない。
彼女自身にも分かっていないことを、他人に分かってもらうなんて不可能だ。
だから分かるはずもない。メンカに、マルカの気持ちが。
でも、分かることがあるとすれば。
「私は、できるならマルカさんに死んでもらいたくないな」
「え?」
自分の気持ちを伝えられる人間、であることを分かってもらいたいと言う事だろうか。
「だって、この国の人たちって皆いろんな戦場を渡り歩いて……私とは比べ物にならない強さを持ったヒトばかりで、正直嫉妬しちゃうほど……」
「……」
「だからね、マルカさんみたいに同い年で、ほとんど戦場を経験した事がない人って……この国だと貴重だから」
「だから?」
「友達として、マルカさんに死んでもらいたくない……それじゃ、だめかな?」
「……」
友達、か。懐かしい響きだ。母の仕事を見させてもらった時から一切口にしなかったその言葉を聞かされると、何とも心揺さぶられる。
「私ね、悩み事があるの」
「悩み事?」
「……イェンエン、この世界で最も神様への信仰が厚い国。そんな国を攻めるなんて愚行、お母さんたちは許してくれるのかなって……」
「それは……メンカの決めることだと思う」
「うん、そうだよね。決めなくちゃいけないんだ。これからも、この先も、ずっと……」
分かっていた。マルカに言われなかったとしても答えとして出ていたはずの物だ。
でも、誰かに聞かなければ問わなければその答えに辿り着くのが恐ろしかったのかもしれない。
誰かに、背中を押してもらわなければ飛び立つことのできないひな鳥のようにその場にうずくまっていたままなのかもしれない。
所詮は臆病な渡り鳥だから。
彼女たちが、臆病な渡り鳥だから。
だから、こうして出会うことができた。こうして、友達になることができた。
それは、嬉しい事だと、今の内だけは思っていたかった。
こうして、支え合える友がいると言う事実を、嬉しく思わなければならない。
義務的なものがあった。のかもしれない。




