第六話 女心といじりがい
「はぁ……」
リーゼは、山の奥の方に貯蔵してある食料庫の中を見て改めて深くて低いため息をついた。
「どうかしら、リーゼさん」
「本当に食料はこれだけなのか?」
「これだけって、かなりの量があると思うんですけど……」
と言ったのは、ウワンとクラクである。山の中にあると言う事で分かりきっていることなのかもしれないが、この食糧貯蔵庫はウワンが管理をしているのである。洞窟の中にいくつもある保存庫の中は、空間としてはかなり広くて大きな部屋。であるのに、常にほぼ一定の温度に保たれており、食料ができる限り腐らないようにと配慮されている。
腐りやすい物は手前に、そして腐りにくい物は奥の方に置く、その仕様に関してはリュカの方からリーゼに一任されていた。そのおかげでこうして見渡す限りに食料があるのだが、それでもリーゼは納得していなかった。いや、それもそうだろう。彼女は言う。
「今この国に何人いると思っている? これだけでは、国民全員に満足かつ均等に食料を配分していたら一か月も持たない……」
「そうなんですか……」
確かにここには大量の食糧がある。だが、仮にソレを国内だけでも三食均等に分配していたらざっと一か月後には倉庫の中に米一粒残らなくなるだろう。
量を減らしたり回数を減らしたりすれば何とかなるだろうが、しかしそんなことしたら満足感という物が無くなって士気の低下につながる。
食とは文化だ。人の営みの一つだ。その営みに少しでも乱れが生じてしまうとたちどころに国はつぶれてしまうだろう。リーゼはそう考えて居たし、リュカもそう思っていた。
「リュカさんもですか?」
「あぁ、どうやら食に関しては私に近い思考の持ち主であるようだ」
食い意地がある、ともいえるだろうが。ともかく、だ。重要なのはこれから先の食糧事情とこの国における食の未来を考える事。
と言ってもこれほど大きな規模になって来ると自分一人で考えるのには限界があるのでレラやこの山のそもそもの持ち主であるエイミーにも相談していかなければならないのだが。さて、どうした物か。
「戦に入る前にニカムリバに買い出しに行くか……いや、ここからじゃ遠すぎるな。ならばニカムリバに偽って……いや、不義理が過ぎる、なら……」
リーゼは頭の中でいく回数の思考実験を繰り返す。戦の前にニカムリバ、現地に買いに行く。以前にも言ったかもしれないが、国の中に送ってもらうのならともかく、現地に買い出しに行く事に関しては問題ない。なのでこの国の中で選抜隊を編成して、ニカムリバに直接、という事を考えた。
しかし、そんなことで人数を割いている程人員が潤っているわけでもないし、それに今からニカムリバに向かったとしても戦には間に合わないであろう。
ならば、戦前であると言う事をニカムリバに隠して食料を送ってもらうか。否、もしそんなことをして後にバレたとすればニカムリバとの信頼関係に傷をつけてしまい、食料の供給が滞る可能性がある。
やはりここは涙を呑んで食料配給を制限した方がいいのだろうか。そうリーゼは考えて居た。
ところで、だ。
「そう言えばどうしてクラクは私と一緒に来たんだ?」
「今ですか?」
と、突然思い出したようにクラクに聞いた。
言われてみればこの組み合わせ、少しだけ不思議な気がする。そもそもリーゼがアサカ以外の人間と一緒にいると言うのが珍しいと言うか、そんな言葉に対してクラクが顔を赤らめて言った。
「ちょっとした花嫁修業……ってリュカさんに言われました……」
リュカが言うには、衣食住を極める事こそ良妻賢母への道、という事で食と言えば食の国出身のリーゼが一番という事で彼女に着いて行くようにとの指示が出ていたそうな。
その事を聞いたリーゼははぁ、と再びため息をつくと。
「それ、お前で遊ばれていないか?」
「私もそう思ったりします……」
そう、良妻賢母、というのは完全なる建前。そもそもこの世界に置いて良妻賢母という言葉自体死語に近いものがあり、クラクの性格上その道を究めさせることも無理であろうなというのがリュカ含めた大勢の意見であった。
では、本音は何なのか。それがリーゼの言葉に詰められていたと言う。
「まったく、この国の女ども……っと私も女だが、少し他人の色恋沙汰を楽しんでいないか?」
「色恋沙汰……」
ほら、また顔を赤くする。そうやって初心な反応ばかりするから弄ばれると言うのに、クラクも難儀な人間とされてしまった者だ。
男と結婚の契りをしたと言うだけでここまで周りからもてはやされてオモチャ道具にされて。書くいう自分もそんなクラクをこうやって恋愛関係で弄るのは楽しいのだが。
そんなリーゼ、というかリュカを含めて九割の人間が異性との恋愛に関しては無関心だった。理由は当然、そんなものしても意味がないと言う身もふたもない物。
であるのならばクラクの事についても放っておいてあげてもいいのではないかと思うのだが、それはソレこれはこれ、であるらしい。
何が、と一度リュカに聞いてみたがその時には。
「自分の恋愛はあれだけど他人の恋愛程面白い物はないでしょ?」
というありがたい答えが返ってきた。
全く持って、この国の人間たちはたちが悪すぎる。あえてもう一度言うが、自分もそうだ。リーゼはこれからどう彼女を教育するかと思いながら、とりあえず家庭料理の一つは教えておくかと考えたとかなんとか。
さて、移動国家ヴァルキリー内部で色々な人間が動いている時であった。かの国との間を高速で移動している複数名の姿が見えた。
「全く、あの子ったらイェンエンを攻める前に諜報活動をしておいてなんて、そんなの戦をするよりも難しいのに」
「そうなんですか?」
リィナ、ほか諜報部隊の面々である。彼女たちは行く先々の木々を避け乍ら会話を続けていた。この辺り前のマナゴの時もそうだったが普通の人間であれば恐れるような速さで自分のすぐ横を木の枝が通り過ぎるのはさしたる問題ではないのだろうか。
とにかく、彼女たち、とりわけ諜報部隊の隊長であるリィナはリュカからのイェンエンへの諜報という任務に関して心底困り果てていた。
果たして、ニカムリバからの付き合いである部下の一人、レッサーに向け、リィナは言う。
「当たり前でしょ。基本的にイェンエンは排他的な国。普通の人間が中に入るのにだっていくつかの手続きを踏まないといけない不可侵の国なんだから。これまで以上にきつい任務になるのは間違いないでしょうね」
そう、イェンエンは何人も受け入れる。しかし、敵はその中にあらず。国に害をなそうとする人間は基本的にその門をくぐることができないと言われるくらいに他者を寄せ付けない大きな絶対的な壁が存在しているため、裏工作などの違法な手段を用いての侵入は普通はできないのだ。
なら、とレッサーは少しだけ疑問に思った。
「そんな事をしていたら、人口が増えないのでは?」
移民、異国から人間。それらを全てないがしろにしていたら国の発展は望めない。例え国内での繁栄によっての人口の増加があったとしてもそのような物は微々たるもののはず。であれば、普通は時を経るごとに人口が減っているはずなのだが。
「なんでか、例の国で人口が減ったって言う報告は一切ないのよね、不思議なことに」
「どういうことですか?」
と、聞いたレッサーに対して、リィナは少しだけ考えるそぶりをした後に言う。
「貴方、ニカムリバの特別料理騎士隊の一員だったわよね?」
「え、あはい」
「私たちの国、ニカムリバに行った時なにしたっけ?」
「え?」
何をしたって言っても、確かあの移動国家が来た時彼女たちがしたことなんてたった一つしか―――。
「あっ……」
「そ、≪裏競売≫」
なるほど、簡単な答えだったじゃないか。つまるところ人口の大きな増減がないのは別に完全に人の流れを遮っているわけじゃない。その人の流れを≪違法な物≫を利用することによって別の方向から国中に流入することによって人口を安定化させていたのだ。
たしかに答えてもらったら簡単な事だった。
でも、何のために。
確かにその方法であれば秘密裏に人足を集めることはできるだろう。でも、何故そのような違法な方法を使う必要があるか。表から堂々と人口を補填してはいけないのか。
そんな素朴な疑問に対してリィナは言う。
「理由は二つあると私は思っている。一つは、イェンエンという国が≪神聖なる国≫っていう神秘性を維持するため」
「?」
「不可侵っていう表向きの面を見せ続けるために日の当たる場所から人を集めることはできないって事」
要は、綺麗事を取り繕うために合法的な手段を用いて人口を増やすことができないと、それは少し本末転倒が過ぎるのではないか、そんな邪推ともいえるリィナの考えにツッコミを入れたところ、リィナはそうね、と言った後に言う。
「だから、私はもう一つの理由を隠すための隠れ蓑、だと思っているわ」
「もう一つの理由?」
つまり、こっちのほうが本命という事だ。一体その理由とは。
ソレを聞く前であった。
「着いたわよ」
とリィナが言うと諜報部隊の人間たちはみな一様にその足を止めた。この辺り、鍛え抜かれた精鋭であると感じる物がある。
そして、リィナの目線の先にあった物。それは―――。
「綺麗……」
天高くそびえる山。移動国家ヴァルキリーの山の四倍はあるだろう標高の上に立つ国があった。
その国は、まるで羽衣に包まれているかのように薄い膜につつまれていて、目を凝らしてみなければ見過ごしてしまうのではないかというほど存在感の薄い国。
確かにどこか神秘性のようなものを感じる。だが、それと同時にどこかで恐ろしさのような物も感じ取れてしまうそんな国だ。なるほど、表と裏、合法と違法は紙一重、と言ったところだろうか。
「あの子の国を……思い出すわね」
「え?」
「ううん、何でも……」
と一言呟いたその言葉をなかったかのように首を横に振ったリィナは、スッと木の陰からその身を晒すと言う。
{さ、ここからは貴方の戦いよ}
と。




