第四話 呼んでもらいたい言葉
エリスの仕立て屋、そこにはいつもの従業員一同に新しい子を迎えていた。
「カルラレスタさん、棚の一番上にある布を取ってくれますか?」
「了解しました!」
カルラレスタ、である。一応彼女は名目上、いや事実上亡国の王の妹であるので、リュカは手厚くもてなそうとしていた。だが、カルラレスタはソレを固辞した。確かに自分は亡国の姫なのかもしれない。だが、ただそれだけであり、それ以上でも以下でもない。だから自分もまた働くし、戦場にだって出る。そう言ったのだ。
彼女自身それまで牢屋暮らしであったので、色々と仕事などの経験がしたいのだろうと、ソレを聞いた人々は思った。
そして、協議を重ねた結果、クラクと関係のあるエリスのお店で働くことになったのだ。以来、この場所でエリスの手伝いをしながら裁縫を学んでいる。
「カルラレスタさん、もうこの国には慣れた?」
そう聞いたのはタヌクである。彼女の質問に、カルラレスタはその場に布を置くと薄い笑みを浮かべ。
「この国、というよりはまずは世界に慣れることから始めないといけませんし」
と返答した。
幽閉されていた彼女だ。外の情報はほとんど絵本でしか知らない、完全な世間知らず。国での生活云々ではなく、そもそも人間としての生活がどのような物であるのかを学ばなければならない、そう考えて居たのだろう。
彼女の返事になんて返答すればいいのか分からなくなったタヌクは苦笑いを浮かべる。
「まぁ、少しずつでいいから覚えて行こう、普通の日常ってものをね」
「はい、ありがとうございます」
大きな布を持ったミタトの言葉に、カルラレスタがお辞儀をしながら言う。そして、ミタトは続け様に、呆れながら呟く。
「といっても、この国で普通何てあるわけないけどね」
「あ、アハハハハ……」
エリスは、その言葉に苦笑いを浮かべるしかなかった。
確かに、この国には普通なんて物はない。そもそも普通という言葉の定義がない。この国特有の文化も、習慣も全くなくて、趣味趣向だって個人個人の思うのまま。別の国とは違う浸透し始めた伝統と言えば、自分たちのように下着をつける事とか、夜には服を脱いで寝る事とか、それくらいだろうなと、この前アサカが来た時にエリスは話していた。
当然のことだが、アサカは若干引いていた。下着の件ではなく、眠る時の件で、である。確かに彼女の世界にもそう言った趣味趣向を持った人間はいた。が、それが国全体に広まろうとしているのはどうなのだろうかと。まぁ、そんな事アサカも言えたわけではないのだが。
というのも、アサカもまたその習慣を、夜に服を脱ぐと言う文化を享受していた。これは彼女が魔力に当てられて頻繁に漏らしてしまうから、どうせ漏らすなら洗濯の手間を省こうと思って服を脱いで寝ていたからで、彼女が言うには二重の意味ではしたない事であると分かってもいつの間にかしてしまっていたことで、そんな自分に羞恥心を覚えて仕方がないのだとか。
まぁ、それはさておき。いや、さておいては可哀そうなのだが今はさておき。
彼女が普通なんてないと言ったのにはもう一つ理由がある。
「あともうすぐで戦争だものね……」
「……」
そう、イェンエンとの戦争。この仕立て屋にいる人間たちも当然聞いていた。リュカからは国から去ってもよいと、自分たちの意思に任せると言われた。けど、彼女たちの選択は何も変わらなかった。なぜなら―――。
「でも、なんだかこの国だと戦争がある日の方が日常、って感じがしますけどね」
「確かに……」
エリスの言葉に、普通、なんて言葉を使った本人のミタトが今度は苦笑いを浮かべる。
そう、この国は天下統一という果てのない夢を目指している馬鹿みたいな国。そのために必要なのは何か。交渉力、財力、知恵、そして戦力。他の国を臣従させる方法として真っ先に頭に付くのは、戦力による統率、つまり戦争によって敵国を黙らせると言う方法、暴力。
蛮族のように思う。けど、だ。ミタトはそんなリュカだからこそこの国についてきたのかもしれない、と思っていた。この国の中にいる人間たちは皆何かしら世界を憎んでいて、さらに言えば戦いを楽しんでいる。孤児院組やニカムリバで裏競売にかけられていた少女たちはともかくとして、それ以外の人間たちは主に闘争心で出来上がった人間の集まりであると言ってもいいだろう。
だから、戦争をするというリュカの言葉に皆嬉々として着いて行くし、皆嬉々として戦えるのだ。
狂っている、ともいえるかもしれない。でも、違うのだ。狂っていなければ人は正常ではいられないのだ。正常な人間が、完璧な人間がいないからこその個性であるのだ。だから、きっと―――。
「ミタトさん、どうしたんですか?」
「ううん、なんでもない」
ミタトは、一人思考の闇の中に入ってしまった自分を恥じながら、ふとエリスとカルラレスタに言う。
「ところで、クラクとカルラレスタのお兄さんって、婚約したのよね?」
「こ、婚約……まぁ、そうらしいですね」
そうらしいというか、その場に居合わせた張本人であるためごまかしようのない事実である。となると、一つ気になるのが。
「それじゃ、エリスとカルラレスタの関係ってどうなるのかな?」
「え、私とカルラレスタさんの関係、ですか?」
「そっ、だってエリスとクラクは姉妹なんでしょ?」
「え、そうなんですか?」
「いや、それは私たちが勝手に言い合っているだけで……」
確かに事実上エリスとクラクに血のつながりはない。まあ深くさかのぼればその限りではないだろうが、二人は元々トナガで一緒に暮らしていて、件の国が亡ぶきっかけとなった事件に置いてエリスの方からクラクに姉さんと呼んでいいかと聞いた結果そう呼びあっているだけ。
そう、だから自分とカルラレスタも何の関係もない赤の他人だ。そう考えて居たのだが。
「そ、それじゃエリス……わ、私も」
「え?」
カルラレスタがほんのりと顔を赤くしてモジモジとしながら言う。
「わ、私もお姉ちゃん、って呼んでもらいたいな」
「え?」
「ほ、ほら年齢もそうだし。兄姉同士がけ、け、結婚するんだから……その、ね?」
あぁ、なるほど。なんとなくだがエリスは察してしまった。この子は、そう呼ばれるのに憧れているのだと。きっと、彼女が呼んできた絵本の中にそう言ったことに詳しいものがあったのだろうと。
先も言ったように、自分とクラクの関係は言葉だけの物だ。ソレを崩すつもりはない。けど、もしもそれが許されるのならば、そう言った関係性というのも、許されていいのかもしれない。エリスは、微笑みながら言った。
「それじゃ、これからもお願いしますね。カルラレスタお姉様」
「ッ……」
その瞬間、カルラレスタの顔がぱぁッと花が満開に開いたように笑顔にあふれた。
「うん、エリス! これからは何でも頼ってね。私もたくさん頼るから!」
「はい!」
「ハハハ……リュカが聞いたらどうするかなぁ?」
なんだかおもしろがりそうだ。そうミタトは思ったと言う。そして、それと同じく何ともほほえましい光景になってしまって罪悪感を感じたそうだ。
当然だ。これから自分たちは戦争をするのだ。クラクも、そしてカルラレスタもその戦いに駆り出される。勿論自分も。
エリスや子供たちを除いて、全戦力を用いて戦う総力戦。
帰って来れる保証はない。
死ぬ確率が高い。
であると言うのに、無責任なことをして、もし次の戦いで彼女が死んでしまったら。
いや、考えるのはカルラレスタが死んだ後にしよう、考えるだけで、虚しくなるから。
そう、≪考える≫ことによって、ミタトは思考を停止して、それ以上あれこれと思案するのをやめた。




