第二話 表と裏と
「お茶をお持ちしました」
「ありがとう、アマネス」
「鉄仮面様も」
「私はいい、他の者たちのお茶を頼む」
「分かりました……」
頂上付近にある陣内。もはや作戦会議のための場と化したそこには、レラを含めたこの国の主要な人間たちが集まっていた。その中で侍女であるアマネスがリュカを含めた参加者全員にお茶を配る。鉄仮面は一人ソレを固辞した。理由は、自分はあくまでリュカの護衛という立場であって、この会議の参加者であるわけじゃないからだという。
この辺りアマネスの献身ぶりに甘えてもいいのではとリュカは思ったが、しかしソレが彼女が選んだ道なのだからソレを尊重してあげた方がいいのだろう。特に、この緊張感が走っている場所では。
「……」
「……」
レラからトアまで、この移動国家に昔からいた人間、新参者の人間に至るまで全員の顔がかなりこわばっていた。理由は、やはりリュカがあの日に宣言したソレへの意思の最終確認であったのだろう。
代表して、リーゼが言う。
「それで、本当に、やるのか?」
「やるって、何の事かな?」
リュカのあえてとぼけたかのような声を、リーゼは全く額に青筋を作りながらもしかし落ち着き払った言葉を使う。
「決まっている。イェンエンへの侵攻だ……」
「でしょうね」
「どういうことだ、イェンエンがどのような立ち位置にあるのか、お前も分かって」
「イェンエンは」
リーゼがさらに言葉を紡ごうとした瞬間、リュカはそれに言葉を重ねてそれ以上の言葉を彼女が言うのを止めて、言う。
「この世界で最も信者のいる宗教の最重要拠点の山。兵士の数は≪表面上≫では少なくて、そこにいる人間には絶対的な命の保証がなされる。それと同時に……その国を攻めようとすればこの世界にいる全ての国を敵に回すことになる……でしょ?」
「……」
知っているのならなぜ、そう言わんばかりの表情を全員がした。そう、全員が知っている基本的な情報、というより条約だ。≪イェンエンは、絶対的に不可侵の山である。その山に侵攻するならば、この世界にいる全ての国が敵となるだろう≫と。
ただし。
「ただし、大義名分がある時を除いて……ね」
そう、絶対的不可侵の山という条約に変わりはない。だが一つだけその条約を破る方法がある。それは、イェンエンが≪信仰を失い、また各国との信頼関係が滞った≫時には、神のためという大義名分での侵攻が許される。という物だ。
これは、何十年か前に出来た新しい方の条約であり、もしイェンエンが絶対的不可侵を盾として、他国に何らかの被害をもたらした場合の事を想定したものとして、どこかの国が提出したものだそう。その条約制定以降、一度なりともイェンエンが不義理を働いたことがないため実施されたことのない物。しかし、リュカはえてその条約の穴とも言うべきものを使ってイェンエンへの侵攻を仕掛けようというのだ。
だが、そもそもその考え自体がおかしなものだった。
「それで、その大義名分って何かあるのかしら?」
「今のところは、確定的な物はない」
そう、大義名分何てまだない。状況証拠はある。ミウコの時にラグラス側に付いた人間の生き残りがかの男がイェンエンの神の名のもとに侵攻を仕掛けたのだという話を聞いたという証言、それからマナゴの元国王だった男が口走ったイホの軍、そして移動国家ヴァルキリーの滅びを手見上げにしてイェンエンに向かうという証言。ソレが今のところの大義名分の証拠。神に背くものに侵攻された。と言うとても薄い状況証拠。
どちらにしても確信的な証拠ではない上に、仮にそうであったとしても、イェンエンには末端の信者が勝手に考え、勝手に行動しただけで関与したわけじゃないと言われてしまえばそれまでである。
証拠が、まだ足りていなかったのである。
「もしも大義名分なしにイェンエンに乗り込んだら、私たちの国やニカムリバからも増援がイェンエンのほうに行くわね」
「イホの軍もね」
と、トアがカインの言葉に付け加えるように言った。そうか、もしも一歩間違えればあの人と、フランソワーズやマモウ達と戦わなければならないのか。というか、間違いなくその一歩を踏み出そうとしているので今更なのかもしれないが。
「分かった。なら、大義名分なしに私がイェンエンを攻める理由を一つ提示する」
「どんな?」
下手な嘘や冗談、それから自分らしくない答えはダメだ。端的で、かつ自分の信念に沿った言葉を述べなければならない。リュカはスクと立ち上がると、とても素晴らしい太陽のような笑みを浮かべながら言う。
「気に喰わないから」
「……」
当然、会議に出ていた面々は唖然とした。気に喰わない。ただそれだけの理由でこの世界最大宗教の国を、そしてこの世界全部の国を相手取ろうとするのだから。中には呆れてため息をついている人間がいた。
「……具体的にはどの辺りが?」
「条約があるから自分たちは決して手出しされない。そうタカをくくっている連中の集まり。裏で何かをしていても表に出なければ裁かれることなく自由に自分たちの考えでもって世界を動かせると勘違いしている。それが」
気に喰わない。やはり、全員が頭を抱えてしまった。何と短絡的な理由か、もう少し上手な言い訳の一つや二つあってもおかしくはないだろうに。もしその言葉で、今己を信頼してついて来ている人間たちが離れてしまえばどうするのか、そんな不安にも似た何かを感じ取った者たちは、言葉を出すことができなかった。
その中で、代表してリーゼが言う。
「リュカ、つまり貴様はイェンエンという山、国が存在していること自体が気に喰わない。存在している限り天下取りの道はないと、そう思っているのか?」
「そう」
「崇める物を弄べばどういうことになるのか、分かっているのだな?」
「勿論」
「自分の欲望に邪魔な存在は全て排除する。蛮族のやり方だ……」
「……うん」
「それでも、行くのか?」
「それが、私の選んだ天下取りの道だから」
だめだコイツ、とリーゼは思ったという。前々から思っていたが、彼女には芯という物がしっかりとしてある。故に何を言っても反論されるし、どう反論しようとも屁理屈と暴論で返してくる。
それは、ある意味で彼女がこれから攻めようとしている彼女の想像の中のイェンエンと同じものだ。果たして、ソレを理解しているのか。そう思いながら、リーゼはフッと笑うと言う。
「しばらくはニカムリバの食材を拝めなさそうだ」
「リーゼ?」
「リーゼさん……」
リーゼの一言は、その場にいる人間たちに衝撃を与えた。当然だろう。なぜなら彼女はこの国にいる者の中で一番というほどに出身国に愛着のある人間、というより愛している人間だった。アサカという人間を拾わなければ、あの裏競売を抑えなければ絶対にニカムリバから出ることはなかっただろうと、そう断言できるほど愛国心のある人間。
そんな女性が、自分の愛している国と戦う可能性に対しても前向きな反応をしてくるのだから。
リーゼは、その場にいる者たちに向けて言う。
「実は、我々が旅立った後、ニカムリバがかの国から裏で圧力をかけられている疑いがあった」
「え?」
「そう、つまり貴様の言うところの大義名分だ。きっかけは……あの裏競売の顧客リストだ」
リーゼが言うには、自分たちが潰したあの裏競売の暗号化された顧客リストを解読したところ、どうやらイェンエン国内に住んでいる人間がクランと同様に競売人として動いていた疑いがあるのだという。
そして、さらなる調査の結果ニカムリバの上層部、つまり自分たちで言うところのここにいる人間たちだが、その人間が地位を利用してイェンエンの競売人から金を貰って裏競売のある場所を突き止めさせないようにと彼女たち騎士団の動きを制限してという。
そして、目に止まった裏競売の商品の一部はイェンエンへ。リーゼは、移動国家ヴァルキリーがマナゴを攻めようとした前日に密かに文のやり取りをしている自分の元上司から知らされた。
「と言っても、暗号化されたその情報は断片的で、クランを含めて競売に関係した人間のほとんどが死亡、あるいは自殺している。先も言ったイェンエンの競売人らしき人間も、それを支援していた者の死体も、自宅から発見された。故に、直接的にイェンエンという国自体が率先して動いた確固たる証拠にはならない……だが」
といいつつ、リーゼは懐にあった包丁を抜くという。
「もしもかの国が我が愛国を裏から蝕んでいたというのならば……私がその腐った肉を切り取らなければならない」
その言葉は、リュカの≪冗談交じり≫のソレよりもはるかに、確固たる意志を感じたと、その場にいた者たちは思ったという。




