第十一章 エピローグ
日が完全に出きっていない時刻、瓦礫の山となった元マナゴの国を下にして、移動国家ヴァルキリーが鎮座し、そしてその長たるリュカ、そして元イホの国の軍人たちが集まっていた。理由は、当然撤退するイホの軍を見送るためである。
先ほど出立した第二陣の中には、元マナゴで住んでいた民間人の姿もあった。自分の知らぬ国に、自分の知らぬ人間たちと共に行くのだ。不安でないものなどいるわけがなく、特に老人や子供といった突然の環境の変化についていけない人間たちのその顔は、まるでこの世が終わるのではないかと言わんばかりの物だった。
そんな彼、彼女たちにイホの軍副大将のイトナは一人一人に声をかけていた。
「大丈夫、もし獣が出ても我々が退治する」
「イホについたら、暖かい家と食べ物が待っている」
「危害を加えるつもりはない。戦争は、終わったのだ」
と、そのおかげなのかは分からないが、声をかけられた人間たちは軒並み表情が柔らかくなり、無事にイホの軍の隊列に入っていった。足腰の悪い老人や歩幅が違いすぎる子供たちに関しては当然ながら軍人と同じ速さで進むと言う酷な事は求めてないので、軍人を多数運んでくるための乗り物に乗ってもらい、元々乗っていた軍人達は徒歩に切り替えて一緒に国に行くらしい。
そして、おおよその人間たちを見送った後だ。向こうの世界での馬に相当する獣に乗ったイトナは逆行する太陽で陰になった顔に淡い笑みを浮かべる。
「では、我々も出発する」
「はい、お元気で」
リュカもまた、笑顔だった。何もこれが最後の別れというわけでもあるまい。自分たちは互いに同盟を結んだのだから。気が向けば、あるいは戦場でまた会う事もあるだろう。そう思っての笑顔だった。
そして、こちらも。
「行ってくるよ、クラク……」
「はい、お気をつけて」
アルベスタが、クラクにそう声をかけた。リュカは咳ばらいをしてから言う。
「えぇ、それで≪ラグー夫人≫」
「え? ……あ、もしかして私の事ですか?」
「そう、貴女アルベスタと結婚したんでしょ? だったら、今日からクラク・ラグーでしょ?」
と、悪戯っぽく言ったリュカに対して、アルベスタとクラクは顔を真っ赤にし言う。
「ち、違います! まだ結婚の契りを交わしただけです!!」
「そ、そうですよ! それに、僕はただマナゴの代表という事で、もう国王というわけじゃ……」
「へぇ……」
昨晩の事、彼女というかアルベスタ以下三人以外は全く知らない。なので、少しばかりのカマをかけたのだが、顔を真っ赤にして≪三人共に≫手や顔を振って誤魔化そうとしている感じ、何かしら察することができる。
リュカはクラクの肩を叩きながら言う。
「まっ、うちの国は自由恋愛だし、誰が誰と付き合おうとも関係ない……ケセラ・セラとエイミーは除いてね」
「え?」
「あの二人の相手は私が直々に決めるから……」
自分の最初の部下と、前世からの友達だからね、そうリュカは心の中で呟く。この辺り、ちょっとおせっかいというか図々しいような気もするがまぁいいとして。
「それはともかくラグー夫人は一緒にイホにはいかないんですか?」
婚約者、というかほぼ結婚することが決まったクラクは、イホの国に行かなくていいのか、そういう問いかけであった。なお、蛇足だがこの世界では一般の人間に苗字という物はないに等しい。実際リュカだってリュカだし、レラだってレラ。例外と言えばケセラ・≪セラ≫であるのだが、彼女の場合はリュカが勝手にそう名乗らせているので除外とする。
リュカの言葉に、やや恥ずかしそうな顔をしてクラクは言う。
「わ、私は臆病だから、もう少しリュカさんと旅がしたいです。旅をして、いつかアルベスタさんの隣で支えられるようになる程強くなったら……その時、本当に結婚したい……そう思ってます」
自分はまだ臆病だから、か。臆病つながりでいい夫婦になるかもしれないな、この二人はとリュカはそう考えながら、アルベスタに近づくと言う。
「では、ご婦人は私たちでお預かりします」
「いや、だからまだ婦人じゃ……」
「はいはい、クラクでいいんでしょ? それはともかくとして……」
と、そろそろからかうのはやめて差し上げよう。この二人の反応を楽しむのもまた一興だが、しかし度が過ぎると国際問題に発展しかねないから。
いやこの時点で普通の国なら十分国際問題だが。
なので、話を次に進める。リュカはゆっくりと≪自分たち側≫にいる一人の少女に焦点を当てた。
「良いんですか? あなたの妹さん、こっちで預かって……」
「……」
カルラレスタ・ラグーである。リュカはてっきり彼女もまた兄と一緒にイホの国に向かう物だと思っていた。けど、一時間ほど前にここに来てみれば、彼女は移動国家ヴァルキリーの方に着いて行くと言う。
せっかく自由になれたのに、命の心配をしなくてもいい場所を手に入れることができたのに、どうして。そんな疑問に対して、彼女はとても素晴らしい笑顔で言う。
「お兄ちゃんの婚約者の監視です」
「そっちは冗談ね、他の理由は?」
「世界を見たくなりました。広い広い、この世界を……あんな狭い世界じゃない。もっともっと大きな世界を見たくなった……だからです」
「そう、私と同じだね」
あの狭苦しい独居房で生活をしていた時、彼女の唯一の娯楽が本の世界だった。その世界を頭の中で想像して、自分もこういう冒険がしたい、こんなに心ときめく出会いがしたいと何度も思ったと言う。
だから、彼女は世界に羽ばたくことを決めた。それは、まるで自分がリュウガの背中から世界をみて、全部を自分の手中に収めたいと思った。それとどこか似たものを感じていた。
「で、カルラレスタは私たちと一緒に≪戦う≫と?」
「はい、戦います」
「一応、子供たちみたいな民間人枠あるけど? この国の子供たちみたいに」
というとリュカはマナゴの国で手に入れた人材たる子供たちを引き合いに出した。例によって例の如く、今回もまたニカムリバやミウコと同じように孤児院にいた子供たちや一連の戦で親を亡くした少年少女を移動国家ヴァルキリーが受け入れることになった。勿論その子供たちは民間人だ。カルラレスタもまた、そう言った民間人の一人として入国が可能であるのだが、しかし彼女は数舜で凛とした表情に鞍替えすると言う。
「ですが……戦力は一人でも多い方がいいですよね?」
「そうね。特にヴァルキリーは大歓迎。これからよろしく、他の子たちもね」
「はい!」
「えぇ、よろしく頼むわね」
と返事を返したカルラレスタの後に続いたのはトア、つまりイホの軍から追放された人間たち。その中でも一番母に近かったメンカが言う。
「お母さん……行ってきます」
「……もし死ぬことがあれば、家名に恥のない死に方をするのだな」
「……はい、頑張ります!」
「フッ……」
返せ、とは言わない。当然だ。もう彼女は自分の娘ではない。独り立ちを始め、一つの国についていくと言う事を心に決めた一人の戦士なのだから。
迷いなんてない。かの国に置くことに意味があるのだとしたら。
「うぅ……酒ぇ……」
「貴方、本当にそればっかりね」
「……フン」
悪くない、この三人が一緒にいられる時間を、作れるのであれば。親友と姉妹が共にいつまでも戦場を駆け巡る関係、ソレが一番良いのかもしれないと。
「では、道中気を付けて」
「あぁ」
こうして、後にマナゴの戦と呼称されるその全てが終わった。
この戦いに置いて、マナゴは落城。国そのものが滅び去り、残った王はイホの国に≪助命嘆願をして国民の移住を許可してもらった≫ということに書類上ではなっている。
また、移動国家ヴァルキリーも新しい戦力として元イホの軍の人間(トアやメンカを含む)三十八人とイホから戦力供給された四十五人(うち十四人が新兵でメンカと同じく今回が初陣だった)、それから元マナゴの国民の中でも戦力として移動国家に来た人間二十三人(クォーツ、カルラレスタ)と民間人たる子供たち七人。合計百十三人(うち戦力百六人)が新しく移動国家ヴァルキリーの住人となったのであった。
「また会おう、クラク、カルラレスタ」
「はい、アルベスタさん……」
「またね、お兄様!」
「では、出発!!」
イトナの一声で、イホの軍は出発した。自分たちの故郷に向けて、懐かしい我が家に向けて。
一方で、その懐かしい我が家がすぐそばにある移動国家に戻ったリュカは、そこでレラ達腹心の部下、それと強さ的に兵を束ねる任務を分けているリーゼたちにも今回合流した兵士たちを、民間人の子供たちはこちらも同じく民間人の子供であるエリス達に任すことにした。
その場で、である。
「それで、リュカ。次の目的地というか、戦場は決まってるの?」
「ん? 勿論!」
と、明るく言ってのけたリュカ。まったく、戦争という物を明るく言葉にするのも憚れると言うのにこの子と言ったら、という呆れが蔓延する中で、エリスが聞いた。
「それで、どこに向かうんですか?」
「イェンエン」
「……」
今、耳がおかしくなったか。彼女が変なことを口走った様な気がする。
聞いた本人たるエリスがちょっと待ってくださいと一端彼女たちから離れて深呼吸をしてからもう一度彼女たちの元に戻って聞いた。
「どこに、≪戦争を≫しに行くんですか?」
「イェンエン」
「……」
刹那、時間が止まった様な感覚がした後。
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「?」
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「なるほど、これは面白い国だね……」
「これを面白いと言えるその度胸……やはりお前はこの国向きだったようだな」
とその場にいた人間の声が、山に響いて木霊したという。
因みにその意味を理解していなかったのがケセラ・セラとエイミー、キン、アサカ。意味が分かっていてもなお面白がっているのがセキーヌ、なんとなくそんな予感がしていたレラ、鉄仮面、リーゼ、トアはただただあきれるばかりであった。
こうして、この世界最大の戦いが、かなり辿々しく始まったのである。




