第四十七話 国、滅ぶとき
アルベスタの放った炎魔法は、国中にいる人間に見えていた。国中の、すでに戦闘を終えた国民、全兵士に視認できていた。念のためにもう一発、二発撃たれたソレを見逃すような人間、その国にはいなかった。
「合図よ!」
「皆、息を吸って!」
「口元を手で隠すのを忘れないで!!」
ある女性兵士が後ろにいる人間たちに向けて叫んだ。彼女の後ろにいるのはこの国の国民。老人や幼い子供たち。戦力として役に立たないからと元国王からさらに見捨てられて国のあちらこちらの家で死を待つだけだった国民たちだ。
彼女の役割は、そんな国民たちの保護。数名の自分とともにこの国に降り立った兵士が国中を走り回り、かき集めた国民たち。リュカが時間を稼いでくれたおかげで、恐らく一人の取りこぼしもなく救う事ができたはずだろう。
「大丈夫、三十秒くらいよ」
「……分かった」
一方でタリン、サレナはクォーツを含めたこの国で兵士をしていた、あるいは≪兵士として戦わされていた≫市民にその言葉を発していた。元々兵士だった人間たちに対しては、まだそれでも祖国を愛する心のようなものがあったためその多くは説得は受け入れられなかったが、それ以外の人間たちはおおむね自分たちの話を聞いて、積極的でなかった者も説得に協力してくれ、移動国家ヴァルキリーの人間の指示に従うことを決めたらしい。
そして、彼女たちが全ての市民に指示した事。それは、三十秒間息を止めておくと言う事、そして自分たちの背後から絶対に動くな、という事だった。
「フッ!!」
マナゴの市民全員がその行動をとったのを見届けたタリンたちは、徐に背中に背負っていたソレを自分たちの周囲に投げた。そして―――。
【炎】
「ついでに!」
【爆炎】
その木片に炎の魔法を使用するのと同時に、上空に向けて、今度は炎が爆散する魔法を天空に向けて打ち上げた。それと同時に、彼女たちの身体は≪フォトレスのゴム≫に覆われ、その姿が見えなくなった。
一つ、二つ、三つ、四つ―――。いくつものソレが空に向かって放たれているのを見れたのは、何も国内にいる人間にとどまらなかった。
「合図だ!!」
「総大将!!」
「うむ……イトナよ、頼むぞ」
イホの軍総大将は、自分の目でその魔法を見て、自分の妻でありそして副将のイトナに作戦の成功を願う。そんな願いすらも、彼女にとっては間違いである、そう後からイトナにしかりを受けるであろう総大将。
一方で、その副将のイトナは。
「合図だな……移動国家の人間たちよ、お前たちの力を見せてもらおう」
マナゴのある国の断崖絶壁、その一番下に数百名の人間を引き連れて待機していた。この立ち位置だと、マナゴの国の様子が全く持って分からない。そのため、自軍の陣中から、軍独自に使用している信号を確認して、作戦決行の機会を待ち望んでいた。
それにしても、まさか本当にこんな作戦を決行するときが来るとは、母からの≪二通目の手紙≫を見た時のイトナはその作戦内容と、マナゴの国の内情を同時に知って唖然となった。なぜならこの作戦、九十九パーセントの人間が一番最初に考える作戦でありながら、ほぼすべての人間がそのような作戦を遂行するのを拒むと言う物だったから。
こんな、非人道的な作戦を行えば、他国からの怒りを買ってしまう。そう誰もが判断することだから。それでもこの作戦を決行するのは、彼女たちが移動国家というあまりにも普通の国とはかけ離れた国家形態を持っているが故か、それとも事前に情報を搾取して国の内情を知りえての対策を取ったからか、はたまたどちらも国王が大うつけだからか。
なんにしても、自分は≪敵国に人質を取られているが故に従わなければならない≫のだ。大義名分のある力の行使、どこまで自分の力が通用するか、試してみよう。イトナは、その場にいた全兵士に向けて手に魔力を込めるように指示を出した。
「合図……か」
「総員、魔力を込めろ!」
「了解!!」
そして同じ行動はイトナ達がいるのとは逆の方向、移動国家ヴァルキリーがいる方向のマナゴの断崖絶壁の下に位置しているリーゼやエイミー等今回の戦闘には参加していなかった面々が同じように準備をしていた。そして、その中には。
「お願いします、メンカさん、トアさん、セキーヌさん!!」
「う、うん!」
イホの国から奪い去ったメンカたち、あと人質になっているはずのセキーヌもまた嬉々として駆り出されていた。トアとセキーヌはぬぐい切れぬ力の使いどころに頬を緩ませながら言う。
「まさか、こんな方法を取るなんてね」
「確かに、うちも考えたことあったけど、非人道的だって止めたのにさ」
「それも、この方法を使えなくするためだったんだろう。だが……国民は我々の仲間が守ってくれている」
そう、今回の戦の目的ははなからマナゴの国を攻め落とすことではない。マナゴの国の中にいる国民を≪救助する事≫を目標としていたのだ。元国王何てどうでもよかった。その男によって戦場に駆り出されて、無理やり戦わされている人命保護の観点を持って戦いに出ていたのだ。
そのマナゴの国民が守られているとなれば、この非人道的ともいえる手段を取ることができる。
「我々は……」
「魔力を込めるだけ……か。なんて安い仕事……終わった後のお酒もおいしくなさそう、だね!」
そう、言いながらセキーヌは壁に向けて拳を突き刺し、魔力を送った。その瞬間。
「なんだ、何を、何をしている!!? この爆発は一体!?」
元国王は、自分の足下が揺れる感覚に恐怖した。揺れ、そして耳に届く爆発音にない思考を必死で回して考えた。何だ、一体何が起こっている。何が起これば、このような音がする。
まさか。
「ま、まさか……地雷魔法を!?」
「ようやく気がついたの?」
リュカは、あざ笑うかのように元国王に言った。口が酸っぱくなる程、マナゴの国の下には地雷魔法による罠が仕掛けられていると話してきた。確かにそれは自衛のためには有効な手段ではあるだろう。しかし、もしそれに対して魔力を外から送ればどうなるのか。
魔力を探知した地雷魔法は一つ、また一つと爆発を起こし、またその爆発が別の罠に誘爆し、そしていつかは―――。
「よせ、よせよせよせ! やめろ!! このままじゃ国が崩落するぞ!」
と焦りきった元国王はリュカの方を向いた。だが、そこに彼女たちはいなかった。あったのは、複数個の鉄で出来上がった球体のみ。ソレを見て愚かなる元国王はようやく悟った。彼女たちは本気でこの国を≪物理的に≫崩壊させようとしているのだと。そして、自分たちは先ほど説明されたフォトレスの木で作られた鉄の球体によって身を守るのだと。
そして、その鉄の球体に覆われていない自分は、死ぬ運命にあるのだと。
「おい、頼む! 中に入れてくれ! おい、聞こえてるだろ! おい!」
愚かなる王は、鉄球を必死の思いで叩く。だが、当然ながらそんな声に耳を貸すわけもなく、少女たちは沈黙を保つ。
「く、俺が……俺が、こんなところで、うお!!」
死ぬなんて、あり得ない。いや、あり得るのだ。
人は自分自身を過大評価した結果、どこかで躓き、そして死ぬこととなる。それが、弱肉強食のこの世界の掟。
「グアァァァァァァ!!!!」
崩落した地面の中に落ちた愚かなる人間。
国を捨てた王は、すでに何の資格も持たぬただの一人の人間となっていた。
愚かで、無能で、残忍で、力に溺れた人間の末路。
少女たちはそんな人間の≪名前すらも≫興味なかったと言う。




