森の決戦・2
きつく掴まれた手首を捻り上げられリリアは顔を歪めた。
「細い腕。ふふふ。簡単に折れちゃいそうね?」
声を出さないように奥歯を噛み締めて痛みに耐えるリリアを、セシリアがあざ笑う。
「どこまで我慢できるかしらね?」
そう言ってセシリアは、リリアの腕を後ろに捻り上げたまま、顔を小屋の外壁に擦りつけた。光る植物が植わっている壁に、顔面を押し付けられながら、手首を掴む手にゆっくりと力が込められる。
言葉も話せず、ただ獣のようにヴァンや少女を貪ったあの妖獣と、人を追い詰め、いたぶる術を知っているセシリアとでは、いったいどちらが残酷なのだろう――
本能ではなく嗜虐を楽しんでいるような妖属相手に、対抗する術も持たない無力な自分が悔しくて仕方ない。
「悔しい……」
土と植物が口に入らないように固く結んだ唇から、それでも堪えきれず声が漏れた。
『だからって、むざむざ殺されるつもりじゃないわよね?』
(それはもちろん。やすやすと殺されるなんて嫌よ…………え?)
「っ……何!?」
セシリアの叫び声と同時に身体が自由になった。
驚いて振り返ったリリアの瞳に、腕を蔦のような植物に巻き取られもがくセシリアの姿が飛び込んでくる。植物はしゅるしゅると音をたて、あっという間にセシリアの両腕を一まとめに絡め取り、背中の後ろ側へ縛りつけていった。
「へぇ? 植物の精を使役するとはねぇ。少しは楽しめそうだわ」
両手を拘束されているにも関わらず、セシリアは余裕の笑みを浮かべている。
次の瞬間、わずかばかり自由の利く指先が煌き、トゲが蔦を襲う。しかし、セシリアの腕を解放した蔦は、すぐさまリリアの腰に巻き付き、セシリアとの距離を遠ざけた。
瞬きを一度するほどの間に繰り広げられた出来事に、リリアには何が起こったのかわけが分からない。
「ええと。これはいったい……」
「ね? また逢えたでしょ?」
呆然とするリリアの腰から蔦が離れ、背後から玲瓏な声が聞こえた。
リリアが振り返ると、若草色のローブをすっぽりと頭から被った少女が、柔らかに微笑みながら佇んでいる。
「あなたがあの時の?」
「とりあえず、自己紹介は後でね」
新緑の息吹を感じさせる微笑みを浮かべて、若草色の少女は前に歩み出てリリアを背中に庇った。
「あまり戦闘は得意じゃないけど。あなたはクロゲンの恩人だから、出来るだけのことはやってみるわ」
こちらへ歩み寄るセシリアを真っ直ぐ見据えながら少女は言う。
「ふふふ。楽しませてちょうだいね」
セシリアの指先が禍々しい光を纏った。
対峙する少女のローブの袖から蔦が現れ、蛇のように鎌首をもたげた。
少女とセシリアの攻防はしばらく続いた。
戦闘は得意ではないと言いながらも、少女は蔦を意のままに操り、鮮やかな攻撃を繰り出している。拮抗する二人の実力に差をつけるものがあるとすれば、やはりリリアの存在だ。
リリアを庇いながらの戦いでは分が悪いのは明らかだった。
めまぐるしい攻防を、視線で追いながらリリアは自分に何が出来るのか考えた。
そしてようやく一つの可能性を見出した。
クロゲンを従属させたように、セシリアの名前を見つけて従属化することだ。
セシリアにしても自らの意志で戦っているわけではなく、元を辿れば彼女を使役している魔術師の命令に従っているに過ぎないのだ。
(それが出来たら無駄な戦いなんてしなくて済むはずだわ)
リリアは意志を固めてセシリアを凝視した。
しかし、なかなか上手く行かない。
(クロゲンさんの時は、何も考えずに出来たのに……)
額に汗をにじませながら意識を集中させるリリアの様子に、何かを感じ取ったらしいセシリアは、ふと攻撃を緩め金色の双眸を細めた。
息を乱しながら少女が放った蔦の一撃を、片手で払いのけ、じりじりとリリアへ向けて歩み寄る。
「もしかして、わたしの名前を視ようとしているの?」
(しまった。気付かれた……!)
リリアは唇を噛んでじりと後ずさった。
握りしめた掌にじっとりと汗が滲み、背筋にひやりと冷たい衝撃が走る。
しかしセシリアは、蒼褪めるリリアに眼差しを据えて、ふわりと表情を和ませた。
「わたしを従属化してくれるの?」
「え……?」少女が緑玉のような瞳を瞠り、リリアを振り返った。
「名前……教えてあげる」
「……え?」
思いもよらないセシリアの台詞に今度はリリアが瞠目した。
リリアは少女と顔を見合わせて、探るような視線をセシリアへと向けた。
いつの間にか、攻撃する手は互いに止まっている。
「わたしが、好きで今の主人に仕えていると思ってた? 好きでこんなことをしていると思ってた? わたしだって選べるなら……」
そう言って金色の瞳を潤ませるセシリアに、リリアは一歩だけ近寄った。
「二人でお花のお話をした時、わたしとっても幸せだったわ。いつまでもずっとそうやっていられたら良いなって思ったわ」
セシリアは胸の前で指を組んで、いつもの舌足らずな口調で言葉を継いだ。
「だから、リリアちゃんに。わたしの名前を教えてあげる」
甘い香りを漂わせて微笑む姿はいつものセシリアだ。
リリアは肩の力を抜いてほっと息を吐きだした。
「……セシリアさん。良かった正気に戻ったんですね?」
セシリアの方へ歩み寄ろうとしたリリアの手を、少女の少しひやりとした手が掴んで制する。フードの中を覗き込むと、少女の表情は未だ不審を拭い去っていないようだ。
「大丈夫です。今のセシリアさんは正気みたいだから」
そう言って強く頷いたリリアは、少女の手を外してセシリアへと向き直った。
しかし、その直後、厳かな響きを孕んだ声に、リリアは動きを封じられた。




