封じられた部屋・2
ゼルラーデル視点です。
この部屋を訪れるのは何年ぶりだろうか。
眼に映る部屋はあの頃と何一つ変わっていない――なのに香りだけが違っていた。
それが無性に腹立たしかった――否。悲しかった。
この部屋の香りはこんな埃っぽい匂いではなかったはずだ。
記憶と一致しない――たったそれだけのことが、とても切なかった。
部屋の奥で少女は絵画を見入っているようだった。
「ここで何をしている?」
静かに問いかけたつもりが、けれど実際は低い底冷えのする声になってしまった。
背中がぴくりと跳ねて、振り返ったリリアは気まずい顔をして深々と頭を下げた。
「聞こえなかったか? ここで何をしている?」
開け放った扉に背中を預けて、感情を押し殺しながら繰り返した。
「勝手に入って申し訳ありません。…………契約証を探していました」
「契約証?」
眉を上げてそう問うと、リリアは顔を三度も上下させた。
「この部屋にあると聞いたものですから……」
小さな身体を縮こまらせながら消え入る声が返ってきた。
嘘を付いているようには見えない。しかし――
「ブローカーが持っていたという契約証なら、見付からなかったと言ったはずだが?」
自分の言葉を信用していなかったのか? という思いが知らず声を冷たいものにする。
リリアはエプロンの裾をぎゅっと握り締めて、自身の爪先に視線を落とした。
「質問を変えよう。この部屋の鍵はどうやって手に入れた?」
部屋には結界を張っていたが、物理的な施錠もしてあった。リリアが探していたと言うのなら、クロゲンが気付かないはずがない。
「それは……」
「答えられないか? ならば次の質問だ。この部屋に契約証があることは誰から聞いた?」
「ええと……」
その問いにもリリアは口を噤んだ。
もちろん想定内の反応に、それ以上問い詰めることはせずにクロゲンの名を呼ぶ。
「クロゲン。シーナを連れて来い。私の部屋にだ」
弾かれたように顔を上げて、大きな翡翠色の瞳がゼルラーデルを見つめる。
その時にはもう「はぁい」という返事だけを残して、クロゲンの姿は残像さえ残していなかった。
「待って下さい。シーナ様には関係が……あ……あの、ご主人様?」
恐らくシーナは無関係だと言いたいのだろうが、今ここで申し開きに耳を傾ける気は更々ない。無言で歩み寄り、エプロンを握り締めたままの細い手首を引っ掴んだ。
「場所を変える。付いて来い」
それだけ伝え、リリアが小走りになるのも気遣わず、早足で廊下へ向う。
部屋から足を踏み出したと同時に、細い手首を掴む指を緩めた。
扉を閉めてしまえば自分を追い詰めていたものから、ほんの少し解放された気がして、気がつくと安堵の吐息が唇から漏れていた。
(今更、どうと言うこともないだろう?)
そんな自分に心中で舌打ちをする。
扉に背を向け視線を送ると、左手首を擦るリリアの姿が眼に飛び込んできた。
先ほどまで掴んでいた彼女の白い手首に、痛々しい赤い跡が刻まれている。
向こうに非があることとは言え、幼い少女に対して配慮に欠けた自身の行いに嫌悪を覚えて舌打ちをすると、華奢な身体が大きく跳ねて、自分が彼女を殊のほか怯えさせていることに改めて気付かされた。
しかし今更取り繕う言葉も見つからない。
ゼルラーデルは自室へ急ぐ振りをして、リリアから視線を逸らしたのだった。




