封じられた部屋・1
ゼルラーデル視線です。
その夜、ゼルラーデルはクロゲンを部屋へ呼び、留守中の報告を受けていた。
クロゲンは出窓に置かれた香炉の隣にちょこんと腰を下ろしている。
「ゼルさんが留守の間、リリアは別にアヤシイことしてなかったよ?」
「その様だな。魔術を使った形跡もなさそうだ。だが、しばらくはこのまま監視を続けてくれ」
「はぁい」
足をばたばたさせながら返事をするクロゲンに、ゼルラーデルは訝しげな顔をする。
「嬉しそうだな? 自宅待機は退屈だから嫌いだったんじゃないのか?」
「だってさぁ。リリアを見てると退屈しないんだも~ん。……あ。そう言えばボクの気配少しは感じるようになったみたいだよ」
意外と言えば意外な、けれど当然と言えば当然の、クロゲンの報告にゼルラーデルは「ほう?」と眉を片方だけ上げる。
「え~っとね。隠れて見てると時々眼が合うんだ。リリアは気が付いてないみたいだけど」
「なるほど」
「でもさぁ。い~の? ゼルさん」
そう言ってクロゲンは膝の横に手を置いて上体をまえのめりにする。
「何がだ?」
「魔術が使えないのが本当だったとしたら。ボク達といる事で、リリアの魔力カクセイしちゃうんじゃない?」
上目使いで様子を窺うクロゲンに、ゼルラーデルは頷いて同意を示した。
「確かに。あの娘にとってここでの生活は契機となるかもしれないな」
その可能性を考えていないわけではない。しかし、現状では他に得策があるとは思えない。ゼルラーデルは「仕方がない」と溜め息混じりに漏らして言葉を継いだ。
「まさか地下牢に閉じ込めておくわけにはいかないだろう? 今回の事件に巻き込まれただけなのだとしたら、むしろ被害者なのだからな」
「でも、まだ自由にしてあげる気はないんでしょう?」
「……そうだな」
ここ数日の調査でリリアの証言が恐らく虚偽ではないと分かっていた。だからと言って自分と関わってしまった以上、彼女を安易に解放することは出来ない。
「西部のユベール・バトン伯爵を知っているだろう?」
「うん。前に見たことあるよ。時代遅れのカツラ被ってるオジサンでしょ?」
クロゲンは思い切り顔を歪めて口をへの字にした。それだけで彼のバトンに持つ印象が決して良好ではないことが窺える。同感だが。
「もうずっと昔のことだが、この辺りはバトン家の領地だったらしい。しかし当時の領主は妖属に手を焼き、これを国王に丸投げして、事実上ズルファウスの森は王家が管理する土地になったというわけだが」
「ふ~ん。それで今頃になって惜しくなったってワケかぁ」
「最近になってバトンが腕の立つ魔術師を雇い入れたと言う噂を耳にした」
「なるほどね~。今のズルファウスなら、そこそこ腕の立つ魔術師でも管理できるだろうからね~。大変なこと全部ゼルさんにやらせて横取りしようってワケね。うんうん。あのオジサンなら遣りかねないね」
鼻梁をぴくぴくさせながらクロゲンは嫌悪を露にする。まだ確証はないが、先日のことがもしバトンの仕業であれば、プライドを傷付けられた怨恨なども大いにあるだろう。
ゼルラーデルは肘掛に頬杖をついてクロゲンを見つめた。
「バトンに雇われた魔術師というのがあの娘だったらどうする?」
へ? と首を傾げるクロゲンに、まるで念を押すかのように言葉を継ぐ。
「森での行動は監視されていたはずだ。今後そうならないとも限らない。覚醒していない魔術師の方が抱き込むのは容易だからな。その時、お前は私の命令通りに行動することが出来るか? クロゲン」
じっと見つめる視線の先で、クロゲンは意味が分からないという様子で首を傾げている。
「ええと。質問をそのまんま答えていんだよね? だったら出来るよ。ゼルさんの命令はボクにとって絶対だもん。ボクの身体が唯一ボクの気持ちよりも優先すること。でしょう?」
黒眼をぱちぱちさせて自分を見つめるクロゲンに、ゼルラーデルは苦い物を飲み込む時のような顔をして頷いた。
何故、こんなことを口にしてしまったのか、自分でも分からなかった。
不思議そうな顔をしているクロゲンに、取り繕う言葉をと口を開いた。
その時、不意に空気がぴりりと震えた。
(これは!?)
そう思った時にはもうクロゲンは天井近くで浮遊している。
「結界が破られたね」
ゼルラーデルは舌打ちをして「そのようだな」と瞳を鋭くした。
この屋敷には結界を張っている部屋が一つだけある。
その部屋の結界がたった今破られたのだ。
屋敷の周囲に施している結界に異常がないということは、屋敷内にいる誰かの仕業だ。
そしてそんなことが出来るのは、ここの住人では自分以外には一人しか居ない。
「行くぞ」
広い屋敷ではあるが、目的の部屋はここからそう遠くない。
ゼルラーデルはゆったりと立ち上がって扉へと向った。
その落ち着き払った動作とは裏腹に、瞳は鋭く厳しいものだった




