多忙な公爵とリリアの仕事・4
「ふ~ん。じゃあチョコレイトしかないね」
「チョコレイト?」
「そ。くろくてまるくてあまいんだ」
「黒くて丸くて甘い。……んですか?」
そんな食べ物、見たことがない。
(嗜好品の類かしら?)
「薬にする木の実で作られてるんだよ。だから食べると元気になるんだって」
「お薬? お薬が甘いんですか?」
甘い薬など聞いたことがない。
「チョコレイトは薬じゃないよ。ディアナが薬にする木の実で作ったんだよ」
「ディアナ?」
「東の別館にいるディアナだよ?」
「東の別館……って。あぁ、あのお医者さま?」
「うん」
なるほど。だから薬にする木の実で作られているというわけだ。
薬の原料になるくらいだから、その木の実には滋養などの効能があるのかもしれない。
頬に手を当ててなるほどと納得していたリリアは、ふと脳裏に浮かび上がった疑問に、表情を曇らせて、クロゲンがいる――と、勝手に思っている辺りへと瞳を向けた。
「ええと、それは医務室へ行けば、あの、あたしでも分けてもらえるのかしら?」
面識も無い自分などに、恐らくは例に漏れず変わり者であるだろう医者が、すんなりと分けてくれたりするだろうか?
「シモンに言えば持ってきてくれるよ?」
「シモンさん。かぁ……」
どちらにしても苦手だ――
「ああでも、ちょっと待って………………」
そう言ったきり、クロゲンは口を噤んでしまった。
「あの? クロゲンさん? …………あれ?」
お馴染みの突っ込みが返ってこない。
ということは、クロゲンはもうこの部屋に居ないのだろうか?
「お待たせ~」
そうこうしている間に、再び陽気な声が上から降ってきた。
「チョコレイトね。アンナが用意してたよ?」
その言葉にリリアはまつ毛を瞬かせた。
「もしかして。確認しに行ってくれてたんですか?」
「うん。そうだよ」
妖属にそういった気遣いができることが、にわかには信じられなかった。
けれど、クロゲンは事も無げにと返答する。
「ん? どうしたの。リリア?」
表情の変化にも敏感に気付くし、初対面の時には転がったまま起き上がれずにいたのを抱き起こしてくれた。
きっとクロゲンは思いやりのようなものを持ち合わせているのだろう。
そう考えると、胸の奥がほぁんと暖かくなる。
「あの、ありがとう。クロゲンさん」
「だ・か・ら。《さん》は要らないの」
それにしても、このやり取りはいったいいつまで続くのだろうか――
***
ゼルラーデルは磁土に骨灰を混ぜて作られたという、異国製の上品なカップに唇をよせ、芳醇な香りを漂わせる紅茶を口に含んだ。
男性にしては細く白い喉が上下に動き、薄い唇から深い吐息が漏れる。
立ち襟の黒い上着のボタンを緩めて、艶めく絹糸のような毛髪は、首の後ろで結わえているが、解れた鬢の毛が気だるげな彼の雰囲気を一層際立たせていた。
所作の一つ一つが洗練されていて、頭の天辺から足の先まで気品に満ち溢れている。
窓際に小振りのテーブルと椅子が二脚あるだけの簡素な談話室ではあるが、刺繍の施された布張りの椅子は、華奢な見かけからは想像できないほど座り心地が良く、窓外の霞んだ景色は、重なり合う緑の濃淡がうっとりするほど神秘的で美しい。
しかし、向かい側に座る雅やかとは対極のところで生活してきたリリアに、それらを堪能する余裕はこれっぽっちもなく、肘掛に頬杖をついて窓の外を見つめるゼルラーデルを、引きつった顔でちらりと盗み見ては、額の汗を拭うばかりだ。
アンナによって半ば強制的に二人きりで談話室へ押し込まれたのだが、衝撃の事実を聞かされたばかりのリリアに、和やかに談話する余裕などあるはずがない。
「ここでの生活には慣れたか?」
視線を外へ向けたままの彼に、いきなり問い掛けられて、リリアはぴくりと背を震わせた。慌てて「はい」と頷いたが、喉が張り付いて上手く声にならなかった。
その様子を不審に思ったのか、初めて眼にした時、月を思わせた瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
「どうした? 今日はやけに大人しいな」
僅かに揶揄のこもった言葉にリリアは返答に困り、テーブルに並べられた焼き菓子や、甲虫にしか見えない黒光りするものに、忙しない視線を注ぐ。
「ん? どうした? 困ったことがあるのなら言ってみろ」
「……いえ。困ったことなど全然ありません」
今のこの状況に困っています。とは言えず、少々わざとらしく否定の言葉を口にして、リリアはぎこちない仕草でカップを持ち上げ紅茶を啜った。
「……そうか」
それ以上追及する気はないらしいゼルラーデルは、短く頷いて再び頬杖をつき、時おり紅茶を飲む以外は、ただ黙って外に眼を向けていた。
この状態でリリアに出来ることといえば、彼のカップに紅茶を注ぎ足すことくらいだ。
(慰労して差し上げるってこんなことなのかしら?)
そんな疑問を感じつつも、とにかくお仕置きだけは何としても回避しなければならないと、いつになく真剣な顔をしてお慰めに力を注いでいると、ゼルラーデルの唇から小さな笑いが漏れた。




