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館の従事者・1

 害獣かはたまた害虫といった扱いを受け、ゼルラーデルの寝室から追い立てられたリリアは、一先ず昨夜与えられた部屋へと戻った。


 その部屋にお仕着せのメイド服を持ってアンナが訪れたのは、それから随分と経ってから。

 シーナにかいがいしく世話をやかれて、ゼルラーデルが出仕した後のことだった。


 それなので、いささか大きめではあるメイド服に着替えたリリアは、そのままアンナに連れられ朝食を取りに食堂へ向かうことになった。


 途中、ゼルラーデルを送り出したシーナと合流するが、妙に好戦的なシーナの態度と人間ならざる容姿に、リリアは逞しいアンナの背中に身を潜めつつ歩いたのだった。


 厨房はゼルラーデルの居住する本館とは屋根つきの回廊で繋がった西の別館にあり、従事者用の食堂はその厨房の隣にあった。従事者用とはいえ充分な広さがあり、家具調度品は本館の物と然したる相違もなく立派なものばかりのようだ。


 ぴかぴかに磨きこまれた大きな食卓に数種類の料理とパン、そして三人分のスープが既に用意され、食欲をそそる湯気を漂わせている。



「まったくご主人様ったら、人間の、しかもこんな小娘をメイドになさるなんて、何を考えておられますのかしら? ……んもうハンスったら。わたくしのスープは人肌にしてくれるようにお願いしていますのにぃ……」


 ちょっと変なしゃべり方をするシーナは、ぶつぶつとぼやきを漏らしながら、スプーンですくった熱々のスープに息を吹きかける。


(やっぱり作り物じゃないのよね……あぁ。だから猫舌なのかしら?)


 シーナの意のままに動くらしい猫のような耳を、リリアはじっと観察しながらパンを口に放り込んだ。


「リリアさんのことをもっとよくお知りになりたいからですってよ。うふふ」


 あながち間違いではないけれど、微妙に見当違いなアンナの言葉にシーナが眼を剥く。


「なんですって!?」


 元々上がり気味の目尻をいっそう吊り上げて、歯ぎしりをしながら睨め付けられて、リリアはびくりと身を竦ませた。


「こんなどちらが胸なのか背中なのかも分からない薄っぺらな小娘と、もしかして、あんなことやこんなことをなさろうと思っておられるのではないでしょうねぇ? ……あぁ。いけない。ご主人様には是非とも、健全な殿方としての正しい道を歩んでいただかなければなりませんわ。今夜からこのわたくしが……あぁそうね。それが良いですわ……」


 両手の指を組んで妄想の世界に入ってしまったらしいシーナを横目で見て、リリアは困った顔をアンナに向けた。

 けれどアンナは何が可笑しいのか、にこにこと笑っているばかりだ。


 どうやら、この屋敷ではいちいち妖属に驚いていては暮していけないらしい。

 食堂へ向う途中ですれ違ったシモンという初老の男は、唇がまるで口ばしのように尖っていて、身体中がとび色の羽毛のようなもので覆われていた。


 主に物品調達を担当しているらしく『必要な物はシモンに言えば、直ぐに届けてくれますからね』と、親切にアンナが教えてくれたけれど、リリアは心の中で『妖属に頼みごとをするなど怖くてとても出来そうもないわ』と思った。


 それでも、彼らは人語を解して人間と会話ができる。昨夜の妖獣などとは、きっと違う性質の妖属なのだろう。そう思うとリリアも少なからず気が楽になった。


 それに、クロゲンのことを考えると、むやみに恐れるのも馬鹿らしくなってくる。

 とりあえず、あまり関わらないようにして、身の潔白が証明される日を待つしかない。


 リリアは食卓の下で、ぎゅっと拳を握り締めて決意を固めた。


 それはさておき、この屋敷の料理長というのは素晴らしい腕の持ち主のようだ。

 用意された料理はどれも驚くほど美味。まさに絶品だった。

 質素な食事に慣らされたリリアの舌が感じることではあるが、まぁ間違いないだろう。


「アンナ様。食事が終わったら料理長のところにご挨拶をしに行っても良いですか?」


 屋敷で働くことも含めて挨拶をしたいと思ったリリアだったが、口に含んだ紅茶を嚥下したアンナに、やんわりとその提案は却下されてしまった。


「うふふ。それは止しておきましょうね」


 暫定的にとはいえ、同じ屋敷で働く相手への挨拶をなぜ止めるのかしら? と首を傾げるリリアに、シーナが意地悪な笑みを向ける。


「ハンスは人間が嫌いなんですわ。特にあなたみたいな小娘を眼にすると、切り刻んで煮込んでしまいたくなるのですってよ……まぁ、わたくしはそれでも構わないですけれど?」

「……」


 絶句するリリアに、「大丈夫ですよ」とアンナは小さな瞳を糸のように細くして微笑んだ。

 リリアを安心させるように頷くアンナの笑顔とその言葉に、強張ったリリアの身体から力が抜け安堵の息が漏れる。


「ハンスは嫌がる人間を無理やり食材にするような料理人ではありませんからね」


 微妙な言い回しが気にはなるが、とりあえず嫌がれば【食材】にされることはないと言うことだろう。


(嫌疑が晴れるまでの辛抱よ……)


 リリアは涙眼になりながら、慌ててスープを胃の中に流し込んだ。


 一刻も早く食堂から遠ざからなければ――


 そんなわけで、ハンスの下で働いているという、カールとカリナ(二人とも妖属)にだけ挨拶を済ませて、リリアはそそくさと本館へ戻ったのだった。


ちなみにハンスは、アンナでさえ厨房から出るのを見たことがないらしく、どうやら相当な変わり者らしい。


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