お屋敷勤め・1
カーテンの隙間から射し込む淡いひと筋の光が、次第にその姿を鮮明にする。
疲労は最高潮に達しているはずなのに、結局一睡もできなかったリリアは、重い瞼を上げてベッドから這い降りた。カーテンを開け放つと、寝不足の瞳に飛び込んできたのは、透き通った朝陽ではなく、淡い乳白色の光だった。
どこか神秘的にも感じる清冽な景色に瞼の裏側が熱くなる。
平和な村で毎日をただ懸命に暮していただけの平凡な少女に――受け止めるにはあまりにも苛酷すぎる出来事を、一晩、思考を巡らせてもうまく消化できないでいた。
「もう。頭の中ぐちゃぐちゃ……」
リリアは唇を引き結んで、昨夜から借りたままになっているガウンに袖を通した。
とにかく顔を洗って頭の中をすっきりさせなければと、ずるずるとガウンの裾を引きずりながら水場を探していると、廊下の向こう側からアンナが水桶を持って近づいてくるのが眼に入った。リリアは小走りでアンナに駆け寄り頭を下げる。
「アンナ様。おはようございます。昨夜はありがとうございました」
「あらあら。リリアさん。おはようございます」
「アンナ様。あたし、今日からこのお屋敷で働かせて頂くことになりました」
丸い顔にくしゃくしゃの笑みを浮かべるアンナの、昨夜と変わらない様子に安堵を覚えながらリリアはそう切り出した。
「えぇえぇ。お聞きしておりますよ。よろしくお願いしますね」
「はい。世間知らずで何にも分かりませんけれど、こちらこそどうぞよろしくお願いします」
リリアは再度、深々と頭を下げながら、アンナ様が善い人だというのがせめてもの救いだわと、つくづく彼女の人となりに感謝した。
「それではリリアさん。早速ですけれど、これをお願いしてもよろしい?」
言いながらアンナはなみなみと水の入った桶を差し出す。
「これは?」
「ゼルラーデル様を起こしてきてくださいな」
ぐいぐいと腹部に押し付けられる水桶を、リリアは困った顔をして受け取った。
これがゼルラーデルの洗面用の桶だということは分かった。けれど、
「ええとアンナ様。先に自分の顔を洗ってからでも良いですか? それから……着替えがあれば助かるのですけれど……」
そう言った後、リリアは慌てて補足した。
「できれば……いいえ。ぜひメイド服でお願いします」
夜着の件を思うと、そこは強調しておかなければならない。
この際、サイズは二の次だ。
「あらあらいけない。そうでしたわ。その格好ではお仕事どころではないですわよねぇ?」
アンナは両手を打ち合わせて、ちっとも『いけない』風ではない調子で言った。
ともあれ、仕事に不向きな格好であることに気付いてもらえて、リリアはほっと胸を撫で下ろした。
「では、私はお仕着せの準備をして参りますから、リリアさんはゼルラーデル様の方をお願いしますね?」
つまり、この格好でゼルラーデルを起こしに行かなければならないと? まぁそれは仕方がないとして、先に顔を洗いたいという申し出が何処かへ追いやられてしまっている。
「ええと……アンナ様……」
「早起きが苦手な方だから……頑張ってね?」
胸の辺りで両方の拳をぎゅっと握り締めるアンナに、リリアは引きつった笑みで応える。
どうやらアンナには一度に二つのことを伝えられないらしい――
それ以上言う気にはなれず、リリアは長い袖を濡らさないように注意しながら、ガウンの裾を引きずって、ゼルラーデルの寝室へ水桶を運んだ。




