ズルファウスの領主・3
ゼルラーデル視点です。
クロゲンが座った位置からは、テーブルを挟んで向き合う二人の姿がよく見える。
脱力してへなへなとソファーに座り込んだリリアは、床に届かないつま先をぶらぶらと揺らしながら言いつけ通り口を噤むクロゲンを、横目でちらちらと盗み見ている。
彼女の見知った妖属と懸け隔たるクロゲンに、うまく順応できないでいるのだろう。
「クロゲンは私の使役する妖属だ。私の命令なくしてお前を襲うことはない」
リリア以上に疲れた顔をしてゼルラーデルが言う。
「それが分かったなら、話を進めさせてくれ」
頷いたリリアとクロゲンの視線が自分に向けられると、大きく息を吐いて、やっと辿り着けた本題へと入ることにした。
「お前の言った話が嘘ではなかったことは、今しがたクロゲンから聞いた」
その言葉にリリアが安堵するのが分かった。
「しかし、腑に落ちないことがいくつかある」
そう継ぐと、今度は大きな翡翠色の瞳が不安気に揺れる。
「簡潔に言えば、クロゲンが丸二日も抜け出せなかった結界を易々と無効化し。妖獣に襲われ一人だけ生き残り。結界と惑わしの霧で目隠しされた我が屋敷へ辿り着いた。ということだが。何か言い分はあるか?」
ゼルラーデルは感情を閉じ込めた抑揚のない声でそう訊くと、青灰色の瞳をすぅーっと細めた。
魔力の高い魔術師であれば可能だろう。しかし、ここで身を竦ませている眼前の少女にとてもそのような能力が備わっているとは思えない。
それでもリリアがたった一人でゼルラーデルの屋敷を訪れたことは事実だ。
(能力を露呈させておきながら、後になってなぜ隠す必要がある?)
言葉を返そうとしないリリアに、ゼルラーデルの瞳が険しさを増す。
「なければこちらから訊くとしよう……クロゲンを助けたのは何故だ?」
その問いを全て聞き終えずに、リリアは膝の上に置いた手に視線を落とした。
その様子はまるで、後ろめたさに視線を避けたかのように見える。
(やはり何が隠しているようだ……)
クロゲンを助けて恩を売る気だったのなら、魔術師であることを隠す必要はない。
自分に何らか仕掛ける気なら、わざわざクロゲンを助けたりはしないだろう。
「何故助けた?」
「ええと……それは……」
繰り返し問われて顔を上げたリリアは、思いつめた表情でゼルラーデルに眼を向けて、まるで縫い止められたかのように視線を据えた。
「……それは」
「……」
ゼルラーデルからの無言のプレッシャーに耐え切れなくなったように、リリアはごくりと唾を呑み込んで、幾許かの躊躇いの後、言葉を継いだ。
「……ごめんなさい。嘘です」
「なに?」
問いには答えず、リリアは瞳を潤ませて「ごめんなさい」と繰り返した。
「だから何がだ?」
「あたし……助けてないんです」
「…………は?」
ゼルラーデルは瞬き三回分の間を置いて、形の良い薄い唇から、間の抜けた声を出した。
ゆったりと腕組みをして、余裕の表情を浮かべてはいるが、心中穏やかではいられない。
人心掌握術には熟達しているつもりでいたが、眼前の小さな少女の腹の内が全く見えない。
気持ちを落ち着かせるために鬢の毛をかきあげて、再び正面に座っている不審な少女に視線を据えると、眼が合った途端、少女はいきなり立ち上がった。
室内に緊張が走った――
身構えるゼルラーデルの視界の端で、クロゲンのつま先が机の天板を蹴る。次の瞬間にはもう、漆黒の身体がリリアの真後ろへと移動していた。
少しの間も与えず、拘束するために喉元へ伸ばした鉤爪が――
空を切った。
「うっわ……まじ!?」
リリアは俊敏なクロゲンの攻撃を交わした――
わけではなく、一足早く深々とお辞儀をしていたようだ。
「本当にごめんなさい。あたし……助けに行く途中で怖くなって引き返しちゃったんです」
頭を下げるリリアの頭上で、ゼルラーデルとクロゲンは何ともいえない表情をして顔を見合わせた。
「あ~あ。振り出しに戻っちゃったね? ゼルさん」
ゼルラーデルは額を押さえて、今夜何度目か数える気にもならないため息を漏らした。




