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王都災害対策局ダンジョン本部 〜魔物災害は冒険者では止まらない〜  作者: 真神 律


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第9話:鉄扉一枚(前編)

「俺が、残る」と言ったアキラに、ガイ・ドルマンが鉄扉の図面を投げて寄越した。


「馬鹿を言うな」巨漢の技師長は、低く唸った。「あの隔壁は、俺の扉だ。重さも、癖も、下ろすタイミングも、俺の手しか知らん。残るのは、俺だ」


「ガイさん——」


「お前は読む奴だ。俺は止める奴だ」ガイは作業着の袖をまくった。「お前が濁流の前に立っても、扉は下りん。俺が読みの真似事をしても、迷宮は止められん。役割だ。それだけだ」


アキラは、言葉を失った。第一話で、ガイが言ったことを思い出した。「読む奴、計画する奴、止める奴、後で勘定を合わせる奴。四つが噛み合って、はじめて被害ゼロだ」と。


「……分かった」アキラは無線機を握り直した。「なら、あんたを、一秒も無駄に死なせない。俺が、濁流が来る瞬間を、コンマ単位で読む。あんたが扉を下ろして、退避する時間を、必ず作る」


「それでこそ、観測官だ」ガイは、初めて笑った。


作戦が始まった。


避難。二万人。ユイが組んだ経路は、三系統に分かれていた。健脚の住民は北の高台へ。子供と老人は最短の中央路へ。動けない者は、クロウの英雄団が担いで運ぶ。討伐で鳴らした英雄たちが、剣の代わりに人を背負って走る。


「英雄が、人を運ぶ」担ぎ手の若い英雄が、息を切らせながら呟いた。「こんな英雄譚、聞いたことがない」


「これが、一番難しい英雄譚さ」クロウは老婆を背負い、笑った。「誰も死なせない、という物語だ」


地下二層の作戦室で、ユイは無線機の前に張り付いていた。三系統の避難の進捗が、刻一刻と報告される。彼女は計算尺を走らせ、遅れている経路に人員を回し、滞留しそうな交差点に誘導を増やす。指揮系統が、彼女の頭脳から、王都全体へと伸びていた。


「中央路、進捗八割」ユイが報告した。「北高台、九割。英雄団の担送、七割。……宮野、迷宮の状況は」


丘陵の谷。アキラは、鉄扉のすぐ手前に陣取っていた。隣には、隔壁の操作盤に手をかけたガイ。


「瘴気が……いや、瘴気じゃない」アキラは深淵を見つめた。「何かが、せり上がってくる。地響き。地面の振動が、階段状に増えてる。第三区の時と同じパターンだ。だが規模が——桁違いだ」


彼は目を閉じた。匂いはない。曲線も読めない。だが、相棒の声が、頭の中で囁いた。「読めない迷宮は、最も危険だ。だが——人間は、読めないものの前で、初めて本気で備える」


備える。読めないなら、全部を想定する。


「ガイさん」アキラは目を開けた。「振動の間隔が、縮んでる。第三区の経験から逆算する。本震——スタンピードの噴出まで、あと、十一分」


「十一分か」ガイは操作盤を撫でた。「扉を下ろすのに、三分。退避に、二分。……お前の読みが、五分でもズレたら、俺は濁流の中だ」


「ズラさない」アキラは無線機に向かって叫んだ。「花村さん! 十一分後に来る! 全経路、十分以内に避難完了させてくれ! 一人も、残すな!」


無線の向こうで、ユイの声が返った。一瞬、息を呑む音。それから、いつもの、揺るぎない声。


「……了解。十分で、全員逃がす。あなたは、ガイさんを、必ず連れて帰って」


「ああ」


地響きが、強くなる。丘陵が、唸り始めた。


二万人の命が、ユイの計算尺と、アキラの読みと、ガイの一枚の鉄扉に、懸かっていた。


第九話、クライマックス前編。「残るのは俺だ」と言うガイ。読む奴と止める奴、役割の話です。第一話でガイが語った「四つが噛み合って被害ゼロ」が、ここで命の重さを持って効いてきます。


英雄が、剣ではなく人を背負って走る。クロウの英雄団の使い方が、この物語の答えの一つです。


そして、十一分のカウントダウン。アキラの読みが、ガイの命の猶予を作れるか。次話、後編——「鉄扉一枚」、決着です。


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