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王都災害対策局ダンジョン本部 〜魔物災害は冒険者では止まらない〜  作者: 真神 律


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第8話:規格外

それは、王都近郊の丘陵に、突然現れた。


地図にない迷宮。一夜にして地面が裂け、深淵が口を開いた。観測班が駆けつけた時、アキラは入口に立った瞬間、後ずさった。


匂いが、なかった。


「おかしい」彼は呟いた。「瘴気の匂いがしない。なのに、濃度計が——振り切れてる」


ユイが端末を確認し、顔色を変えた。「濃度計が、測定できていない。針が振り切れたんじゃない。測れる目盛りの、外なの。等級判定——不能」


規格外。


災対局の手順書に、想定のない事態。第三区のスタンピードと同じ、いや、それを遥かに超える何か。


「前兆パターンが、読めない」アキラは三点計測を試み、舌打ちした。「曲線が、形を持たない。相棒の理論でも——これは、読めない。いつ来るかも、どこから来るかも」


丘陵の麓には、新興の住宅区。約二万人。逃がすには、あまりに広く、あまりに時間がない。


王都中が、ざわついた。冒険者ギルドは色めき立った。規格外の迷宮——史上最大の討伐ショー。クロウのもとには、各地から英雄が集まった。


だが、クロウは突入命令を出さなかった。


「総帥、なぜ討伐しないのです」若い英雄が詰め寄った。「これほどの好機、英雄譚の頂点です」


「……あの観測官が言っていた」クロウは丘陵を見上げた。「『倒せなかった時に、誰も瓦礫の下に残さないために』と。私は、市場街で一本取られた。今度は——彼のやり方を、見届けると決めた」


クロウは英雄たちに、討伐ではなく、避難の人海戦術への協力を命じた。ギルド史上、初めてのことだった。


一方、本部では、上層部が静観を決め込んでいた。


「規格外の迷宮など、前例がない」筆頭顧問官が言った。「対策の責任を、誰も負いたがらない。下手に避難命令を出して空振りすれば、二万人を無駄に動かした責任を問われる。……様子を見るべきだ」


「様子を見ている間に、来たらどうします」アキラは食ってかかった。


「来る、という証拠があるのか。等級判定不能、つまり——危険かどうかも分からん、ということだろう」


その言葉に、アキラは凍りついた。ザイデルと、同じ論法だった。被害が出るまで、誰も動かない。責任を負いたくないから。


「証拠は、ない」アキラは認めた。「だが、相棒の理論にこうある。『読めない迷宮は、最も危険な迷宮だ。なぜなら、人類がまだ、その災害を経験していないからだ』」


会議室は、静まり返った。


本部長ヴェルナーが、口を開いた。


「……現場観測班に、全権を委任する」彼は言った。上層部がどよめいた。「規格外迷宮の対応を、宮野アキラの指揮下に置く。責任は、本部長たる私が負う」


「ヴェルナー本部長! 空振りすれば、災対局は——」


「分かっている」ヴェルナーは静かに遮った。「私は、長いことこの役所を『潰さないこと』だけ考えて生きてきた。組織のために、人を後回しにしてきた。……ザイデルと、何も変わらなかった」彼はアキラを見た。「だが、宮野たちは、組織を懸けて人を救った。私も、一度くらい——人の側に、全部賭けてみたい」


その夜。地下二層の作戦室に、四班が集結した。観測のアキラ、計画のユイ、封鎖のガイ、査定のセシル。そしてギルド総帥クロウが、英雄団を率いて加わった。


「読めない迷宮を、どう止める」ガイが図面を広げた。


アキラは、規格外迷宮の地図に、指を置いた。


「読めないなら、全部を想定する」彼は言った。「いつ来てもいい。どこから来てもいい。二万人を、何が起きても逃がせる経路を組む。封鎖は、最後の砦——丘陵の谷を、一枚の鉄扉で塞ぐ。それで濁流の向きを、無人の荒野へ逸らす」


「一枚の鉄扉で、規格外を逸らすだと?」ガイが唸った。「あの谷の隔壁は……手動だ。誰かが、最後まで現場に残って下ろさなきゃならん。濁流の、目の前で」


作戦室が、静まった。それは、死地だった。


アキラは、無線機を握った。


「俺が、残る」


第一部クライマックス前段。「規格外(等級判定不能)」の到来です。読めない迷宮——人類がまだ経験していない災害。アキラの観測眼でも、読み切れない。


上層部の「危険かどうかも分からないなら動くな」という論法が、ザイデルと地続きであること。そして本部長ヴェルナーが、初めて「人の側に全部賭ける」と決める瞬間。クロウも、討伐ではなく避難に英雄団を投じます。倒す者と止める者が、はじめて同じ側に立ちました。


次話、クライマックス「鉄扉一枚」前後編。一枚の鉄扉と、そこに残ると決めた男の話です。


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