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王都災害対策局ダンジョン本部 〜魔物災害は冒険者では止まらない〜  作者: 真神 律


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第7話:握り潰された警報

政務統括官ザイデルは、抵抗しなかった。


市場街の一件で、彼の等級操作は本部長ヴェルナーの知るところとなった。査問の席で、セシルの積み上げた数字——討伐ショー予定迷宮だけが低く査定される相関係数〇・九四——を突きつけられても、ザイデルは眉一つ動かさなかった。


「数字は認めよう」彼は冷ややかに言った。痩せた、官僚然とした男だった。感情のない目で、四人を順に見た。「だが、罪に問えるかな。私は等級を『査定』しただけだ。封鎖は経済を止める。住民の生活を守るために、過剰な封鎖を抑制した。それも、行政の仕事だ」


「数千人が死ぬところでした」ユイが言った。


「結果として、死ななかった」ザイデルは薄く笑った。「君たちが勝手に封鎖したからな。私の判断が間違っていた証拠は、どこにもない。なにせ——誰も、死んでいないのだから」


アキラは、その論法に寒気を覚えた。被害ゼロを成し遂げたことが、皮肉にも、ザイデルの罪を見えなくしていた。死者がいなければ、握り潰しは「過剰封鎖の抑制」と言い張れる。地味な仕事は、罪の告発すら、地味にしてしまう。


「……あんた、なぜ等級を握り潰した」アキラは問うた。「ギルドの興行のためか。それとも、金か」


ザイデルは、初めてアキラを正面から見た。


「君は、若いな」彼は立ち上がった。「災対局という役所は、金がかかる。観測端末、封鎖資材、避難訓練。すべて税だ。だが——被害が出なければ、誰も災対局に感謝しない。『何も起きなかった役所』に、予算は付かない。私は、この役所を生き残らせるために、現実的な数字を作ってきただけだ」


「人の命を、予算の駒にしたのか」


「君のやり方では、災対局は十年で潰れる」ザイデルは扉に手をかけた。「被害ゼロは、感謝されない。私はそれを知っている。君は、まだ知らない。……せいぜい、英雄ごっこを続けるといい」


彼は処分を受け、地方へ転出した。だが、その背中は、敗者のものではなかった。


査問のあと、セシルが浮かない顔で査定室にこもっていた。アキラが覗くと、彼女は古い記録の束に埋もれていた。


「ザイデルの過去の決裁を、全部洗っているんです」セシルは眼鏡を押し上げた。「等級操作は、五年前から始まっています。でも——一番古い一件が、引っかかって」


「どれだ」


セシルが、一枚の黄ばんだ査定書を差し出した。アキラは、それを見て、息を止めた。


「第七迷宮。三年前。崩落事故。死者一名」


相棒が死んだ、あの事故だった。


「公式記録では、不可抗力の崩落事故です」セシルの声が震えた。「でも、事故の二日前に、封鎖要請が出ています。要請者は——亡くなった観測官、御本人。そしてその要請を却下したのが」


「ザイデル」アキラの声が掠れた。


「いえ」セシルは首を振った。「却下印は、ザイデルじゃありません。ザイデルが等級操作を覚える、もっと前です。却下したのは——別の、もっと上の人間です。署名が、塗り潰されていて、読めません」


フロアの空気が、凍った。


相棒の死は、事故ではなかったかもしれない。封鎖要請を握り潰した、誰かがいた。ザイデルの上に。三年前から。


アキラの右手が、震え始めた。剣を握ろうとした時と、同じ震え。だが今、彼の手には剣はなかった。あったのは、相棒の遺した観測記録——その読み方だけだった。


「……あいつは」アキラは掠れた声で言った。「あいつは、自分の死を、予測してたのか。封鎖要請を出して、それが握り潰されて。だから、崩落に呑まれた」


ユイが、そっとアキラの肩に手を置いた。何も言わなかった。言葉では、足りなかった。


窓の外、王都の地下深く。読めない等級の何かが、静かに、目を覚まそうとしていた。


握り潰された警報の核心へ。ザイデルは処分されますが、彼の論法——「被害ゼロは感謝されない、死者がいなければ罪も問えない」——は、この物語が向き合う一番冷たい現実です。


そして三年前の崩落事故。相棒の死は、事故ではなかったかもしれない。封鎖要請を握り潰した、ザイデルより上の誰か。塗り潰された署名。アキラの個人的な喪失が、組織の不正と、一本に繋がり始めます。


次話、第一部クライマックス前段。「規格外」が、王都に来ます。


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