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王都災害対策局ダンジョン本部 〜魔物災害は冒険者では止まらない〜  作者: 真神 律


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第6話:止める者

第十五迷宮。王都西の市場街。


クロウのギルドが、三日後に大規模討伐ショーを予告していた。等級は——公式記録でC。ザイデルの署名。


「またCだ」アキラは観測端末を睨んだ。「だが、これは違う。瘴気の上昇曲線が、第三区とそっくりだ。スタンピード型。しかも市場街は、王都で最も人口密度が高い」


「私の試算でも」ユイが計算尺を置いた。「Cの想定避難は組まれていない。スタンピードが来れば、逃げ場のない市場で——最悪、数千人」


「ザイデルは、クロウのショーのために等級を握り潰した」セシルが査定記録を広げた。「でも、ショーの最中にスタンピードが起きたら、観衆ごと巻き込まれます。クロウは、それを知っているんでしょうか」


「知らないだろうな」アキラは言った。「ザイデルは『英雄が討つから安全だ』とクロウに吹き込んでる。クロウは英雄譚のために突っ込む。ザイデルは利権のために数字を隠す。二人の思惑が、市場街の数千人を、賭け金にしてる」


フロアが静まった。


「正規の手順で封鎖要請を上げても」ユイが言った。「ザイデルが却下する。間に合わない」


「上は通さない」アキラは立ち上がった。「だが、今度は独断じゃない。花村さん、あんたが翻訳してくれた報告書がある。匂いを関数にした、決裁を通せる言葉が」


ユイの目が見開かれた。


「ザイデルを飛ばす」アキラは続けた。「本部長ヴェルナーに、直接ぶつける。数字で。握り潰せない形で」


その夜、四人は本部長室の扉を叩いた。


ヴェルナーは、アキラたちの報告書を黙って読んだ。瘴気濃度の階段関数。過去事例との相関係数。ザイデルの等級確定の規則性——討伐ショー予定迷宮だけが低く査定されている、その統計的証拠。セシルがまとめた、反論の余地のない数字の束。


「……これは、政務統括官ザイデルへの告発だぞ」ヴェルナーは静かに言った。「証拠が不十分なら、君たちは虚偽報告で処分される。局の信用も失う」


「証拠は十分です」ユイが言い切った。「相関係数〇・九四。偶然では説明できません」


「市場街には、数千人がいます」アキラが言った。「英雄が間に合うかどうかの賭けに、その命を張る権利は、誰にもない。封鎖の決裁を、あなたが出してください。ザイデルではなく」


ヴェルナーは、長いこと書類を見つめていた。温厚な目の奥が、初めて読めた気がした。それは、迷いだった。組織を守るか、人を守るか。


「……災対局の存続を懸けることになる」彼は呟いた。「ギルドの興行を、上層部の決裁を、私が覆すんだ。失敗すれば、この役所は消える」


「成功すれば」アキラは言った。「災対局は、数千人を救った役所になる」


長い沈黙のあと、ヴェルナーは羽ペンを取った。


「封鎖、決裁する。等級B。現場指揮は、現場観測班に一任」彼はアキラを見据えた。「宮野。君たちが外せば、私も、君たちも、終わりだ」


「外しません」アキラは無線機を握った。手は、震えていなかった。


——三日後。討伐ショー当日。


クロウが剣を抜いた、その瞬間。第十五迷宮が、吼えた。


スタンピード。アキラの読み通り、寸分違わず。だが市場街に、観衆はいなかった。封鎖が間に合い、ユイの組んだ避難経路が、数千人を外周へ流していた。クロウの英雄たちが応戦する横で、誰一人、巻き込まれなかった。


魔物の濁流が引いたあと。誰もいない市場の真ん中で、クロウは剣を下ろし、立ち尽くしていた。


アキラが、無線機を手に歩み寄った。


「あんたの英雄譚は、今日、誰も死なせずに済んだ」アキラは言った。「語るべき悲劇は、なかった。だが——全員、生きてる」


クロウは長いこと黙っていた。やがて、低く笑った。負けを認める者の、静かな笑いだった。


「……地味だな、君のやり方は」彼は剣を鞘に納めた。「だが、今日は、君の地味さに、命を救われた人間が数千人いる。一本、取られたよ」


去り際、クロウは振り返らずに言った。


「ザイデルの件、私も知らなかった。あの男が、私の英雄譚を、利権の隠れ蓑にしていたとはな。……次は、君の側で、見届けさせてもらう」


英雄の背が、市場の喧騒の向こうへ消えた。


無人だったはずの市場に、避難していた住民が、一人、また一人と戻り始めていた。店の鎧戸を上げる音。子供の声。何事もなかったかのような、ありふれた夕暮れ。誰も、自分たちが今日、死なずに済んだことを知らない。


その光景を、アキラは無線機を手にしたまま、ぼんやりと眺めていた。


「……いい眺めね」


隣に、花村ユイが立っていた。いつのまにか、計算尺を仕舞っている。


「英雄譚にはならない」アキラは言った。「誰も、俺たちの名前を覚えない」


「ええ。一人も」ユイは前を向いたまま、ほんの少しだけ、口元を緩めた。「でも、あの戻ってくる人たち全員が、明日も生きてる。——私の数字と、あなたの読みで。悪くないでしょう」


アキラは、笑った。震えていない右手で、無線機をそっと下ろす。


「ああ」彼は言った。「最高に、地味だ」


止める者たちの、誰にも気づかれない勝利だった。


第二章クライマックス。止める者が、倒す者に「一本」取る回でした。クロウが完全な敵ではなく、ザイデルに利用されていた側だった——という捻れを入れています。


そして動き出した本部長ヴェルナー。組織を守るか、人を守るか。灰色だった上司が、初めて人の側に賭けました。


物語はいよいよ、握り潰された警報の核心——政務統括官ザイデルへの告発、そして「規格外」の到来へ向かいます。次話から、第一部のクライマックスへ。


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