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王都災害対策局ダンジョン本部 〜魔物災害は冒険者では止まらない〜  作者: 真神 律


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第5話:倒す者

冒険者ギルド総帥クロウは、噂以上の男だった。


王都中央広場。第八迷宮の浅層に湧いた魔物の群れを前に、彼は剣を抜いた。左目の古傷が、陽光に白く光る。観衆が何重にも取り巻き、子供が肩車で身を乗り出している。


「諸君!」クロウの声は、広場の隅々まで届いた。「英雄とは、希望の別名だ。今日も、君たちの街は私が守る!」


歓声が爆ぜた。クロウは一陣の風となって魔物の群れへ斬り込み、十秒で殲滅した。鮮やかに、華々しく、完璧に。観衆が熱狂する。英雄の名は、また一つ売れた。


その光景を、アキラは広場の外れから見ていた。


「派手だな」隣のユイが、感情のない声で言った。「でも、第八迷宮の浅層程度なら、封鎖すら要らない規格内よ。あの群れは、放っておいても外周の自警団で対処できた」


「分かってる」アキラは群衆を見渡した。「問題は、あの熱狂だ。あれを見た住民は、こう思う。『英雄がいれば大丈夫』。封鎖も避難も、要らないと思い込む」


ショーが終わり、観衆が散ったあと、クロウは真っ直ぐにアキラのもとへ歩いてきた。彼のことを知っていた。


「第三区を逃がした観測官だな」クロウは笑みを浮かべた。人を惹きつける、温かい笑みだった。「会いたかった。君のおかげで、私の英雄たちは、無駄死にせずに済んだ」


「無駄死に?」


「あのスタンピードは規格外だった。私が突っ込ませた英雄が十二人、呑まれた」クロウの笑みは崩れない。だが声は重かった。「君が住民を逃がしていなければ、私は彼らの死を『街を守った尊い犠牲』と語って、また英雄譚にできた。だが君は——誰も死なせなかった。語るべき悲劇が、なくなった」


「それの、何が不満なんだ」


「不満じゃない。困惑だ」クロウは広場を振り返った。歓声の余韻がまだ残っている。「宮野アキラ。君の仕事は——悪くない。ただ、英雄譚にはならない。誰も、君の名前を覚えない。人は希望を見たがる。地味に生き延びた話より、華々しく散った英雄の話を、語り継ぎたがるんだ。それが、社会を支える」


「希望のために、人が死ぬのか」アキラの声が低くなった。


「希望のために、人は生きる」クロウは静かに訂正した。「英雄譚は、明日も働く人々の燃料だ。君のやり方は正しい。だが正しさだけでは、人の心は動かない。……倒せば終わる。なぜわざわざ、逃げる算段をする?」


「逃げるんじゃない」アキラは無線機に手をかけた。「守るんだ。倒せなかった時に、誰も瓦礫の下に残さないために」


二人の視線が、正面からぶつかった。倒す者と、止める者。どちらも、人を救おうとしている。だが、信じる手段が、根本から違った。


「面白い男だ」クロウは笑った。「いつか、君の『被害ゼロ』が、私の英雄譚に勝てるか——見せてもらおう」


彼は背を向け、観衆の歓声の余韻の中へ消えていった。


「……厄介ね」ユイが呟いた。「悪人なら、まだ楽だった。あの人は、本気で『英雄譚が人を救う』と信じてる」


「ああ」アキラは去っていく偉丈夫の背を見つめた。「信念で警報を握り潰す奴ほど、止めにくい」


その時、セシルが息を切らして駆けてきた。手には、新しい査定書。顔が青ざめている。


「宮野さん、大変です。ザイデル統括官の決裁記録を遡って調べたんですが——封鎖要請の却下に、規則性があります。クロウのギルドが討伐ショーを予定している迷宮だけ、等級が、低く確定されています」


広場の喧騒の中で、その一言だけが、やけに冷たく響いた。


ギルド総帥クロウ登場です。悪役にはしたくありませんでした。本気で「英雄譚こそ人を救う」と信じている男。だからこそ、止めにくい。アキラの思想的な正面の壁です。


そしてセシルが掴んだ規則性。ザイデルの等級操作と、クロウの討伐ショーが、繋がっていた——。握り潰された警報の正体が、少しずつ輪郭を持ち始めます。


次話、第二章クライマックス。止める者が、倒す者に一矢報いる回です。


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