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王都災害対策局ダンジョン本部 〜魔物災害は冒険者では止まらない〜  作者: 真神 律


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第4話:計算尺と現場勘

「あなたの読みは、嫌い」


第十一迷宮の一件から三日後。地下二層の観測フロアで、花村ユイは唐突にそう言った。


アキラは観測記録から顔を上げた。「いきなりだな」


「『匂いで分かる』『曲線の形が同じ』。あなたはそうやって、根拠を直感の言葉で語る」ユイは計算尺を机に置いた。乾いた音がした。「でも、当たる。三度とも、あなたの読みは公式等級より正確だった。それが——気持ち悪い」


「褒めてるのか、けなしてるのか」


「困ってるの」彼女は珍しく、視線を落とした。「私は、勘で人を動かすのが怖い。だから数字だけを信じると決めた。なのに、あなたの勘は、私の数字より人を救う。私の信じてきたものが、間違っていたみたいで」


フロアには二人だけだった。ガイは現場、セシルは査定室。


アキラはしばらく黙ってから、観測端末の記録をユイの前に開いた。三日間の瘴気濃度。バラバラに見える数値の羅列。


「これ、ただの匂いに見えるか」


「……数値の集合よ」


「俺には、形が見える」アキラは指で空中をなぞった。「二年前、第七迷宮で相棒が死んだ。崩落事故だった。あいつは——観測の天才だった。迷宮は予測できる災害だ、前兆は必ず数字に出る、ってずっと言ってた。俺はただ、隣であいつのやり方を見てただけだ」


ユイが顔を上げた。


「あいつが死んだあと、気づいたら、俺はあいつの読み方で数字を見るようになってた。匂いも、曲線も、全部あいつが教えてくれたことだ。俺の勘じゃない。あいつの遺したデータの読み方なんだ」


「……それを、勘と呼んでいるの」


「呼び方なんてどうでもいい」アキラは記録を閉じた。「重要なのは、当たるかどうかだ。当たれば、人が生きる。外れれば、瓦礫の下に人が残る。それだけだ」


ユイは長いこと、その記録を見つめていた。やがて、計算尺を取り上げた。


「……取引しましょう」


「取引?」


「あなたの読みを、私が数字に翻訳する」彼女は早口になった。「『匂いで分かる』を、濃度の三点計測と階段関数で記述する。『曲線が同じ』を、相関係数と過去事例の照合で裏付ける。あなたの勘を、決裁を通せる言葉に変える。そうすれば——」


「ザイデルみたいな連中が、握り潰せなくなる」アキラが引き取った。


「そう」ユイの目に、初めて熱のようなものが灯った。「あなたの勘は、人を救う。でも勘のままじゃ、上に握り潰される。私の数字なら、潰せない。あなたの読みと、私の証明。二つ揃えば——誰も警報を止められない」


アキラは、口の端を上げた。皮肉屋の彼が、その日初めて、まともに笑った。


「いいぜ。観測と計画のバディってわけだ」


「バディじゃない。指揮系統の合理的な役割分担よ」ユイはそっぽを向いた。だが、計算尺を握る指に、少しだけ力がこもっていた。


その夜、二人は遅くまでフロアに残り、過去三件の事案を「決裁を通せる言葉」に書き換えた。アキラの匂いが、関数になった。ユイの数字に、現場の体温が宿った。


書き上げた報告書の束を、ユイは大切そうに揃えた。


「これがあれば、次は握り潰されない」


「……ありがとな、花村さん」


「礼はいらない。私は、数字を信じてるだけ」


いつもの台詞。だが、その声は、最初に聞いた時より、ほんの少しだけ温かかった。


アキラとユイのバディ成立回でした。恋愛より先に「指揮系統の信頼」を立てたい——そんな関係性で書いています。勘と数字、どちらが正しいかではなく、二つ揃ってはじめて人が救える。


アキラの観測眼が、実は死んだ相棒の遺したものだった、という告白も。この「相棒」が、物語の奥でずっと効いてきます。


次話、いよいよ登場——冒険者ギルド総帥クロウ。倒す者と、止める者。思想の正面衝突です。


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