第3話:等級判定
第十一迷宮は、王都の南、職人街の地下にあった。
入口の前に立ったアキラは、深く息を吸った。鉄錆の匂いに、別の何かが混じっている。甘い、腐りかけた果実のような臭気。
「等級は?」ユイが手順書を開いた。「公式記録では、漏出等級C。住民への注意喚起だけで足りる」
「Cじゃない」アキラは即答した。「瘴気の質が違う。これは滞留型だ。今は薄いが、地形が袋小路になってる場所に溜まる。風が止む夕刻に——一気に濃くなる」
「根拠は」
「匂いだ」
ユイの眉が上がった。「匂い、を、数字にして」
アキラは観測端末を地面に置いた。瘴気濃度計の針が、ゆっくり、しかし確実に上を向いていく。彼は三点で計測し、数値を並べた。
「ここ、ここ、ここ。等間隔で測ると、濃度が階段状に上がってる。拡散じゃない。溜まってる証拠だ。日没まであと四時間。それまでに袋小路区画——職人街の南三筋を、空にしたい」
「Cの想定で動いている現場を、Bとして組み直せ、と」ユイは計算尺を走らせた。「住民は約六百人。正規避難なら六時間。四時間じゃ足りない」
「だから経路を二系統に割る」アキラは地図に線を引いた。「健脚を北回り、高齢者と子供を最短の南回り。ガイさんに南回りの隔壁を先に下ろしてもらう。逃げ遅れの溜まり場を作らない」
無線の向こうで、ガイの低い声が応じた。「南三筋の隔壁、手動で下ろす。任せろ」
セシルが書類を抱えて駆け寄った。「待ってください。Bに格上げすると、商店の臨時休業補償が発生します。ザイデル統括官の決裁が——」
「いらない」アキラは言い切った。「現場権限のB判定は、観測官の裁量で出せる。手順書の第九条。読んだだろ、花村さん」
ユイは一瞬、口の端をわずかに動かした。笑った、のかもしれない。
「第九条。確かに、ある」彼女は手順書を閉じた。「いいわ。指揮系統は私が組む。等級B、現場判断で発令。全班、配置に」
四時間。
観測のアキラが濃度の上昇を読み、計画のユイが避難の順序を組み、封鎖のガイが隔壁を下ろし、査定のセシルが補償の数字を即座に積み上げる。四つの無線が、地下二層と現場を絶え間なく往復した。
そして日没。
職人街の南三筋に、瘴気が間欠泉のように噴いた。袋小路に溜まった瘴気が、夕風の停滞とともに飽和し、一気に地表へ溢れた。アキラの読み通り、寸分違わず。
だが、そこに人はいなかった。
最後の一人——足の悪い古老が、ガイの下ろした隔壁の手前を、誘導灯に沿ってゆっくりと歩いていく。その背中が外周に消えた一秒後、隔壁が完全に閉じた。
「全区画、避難完了」ユイの声が無線に流れた。「負傷者ゼロ。死者ゼロ」
アキラは濃度計を拾い上げた。針は振り切れている。Cどころか、Aに届く濃さだった。
「……公式記録のCは、誰が出した」彼は呟いた。
セシルが査定書をめくり、署名欄を見て、顔をこわばらせた。
「ザイデル統括官です。第十一迷宮の等級査定は——三日前に、Cで確定されています」
四時間前にAクラスの瘴気が溜まりつつあった迷宮が、三日前にCと確定されていた。誰かが、低く見積もっていた。意図的に。
無線の向こうで、ガイが唸った。「……扉一枚で何万人が生き死にするってのは、こういうことだ。数字を握る奴が嘘をつけば、扉は間に合わなくなる」
アキラは無線機を握りしめた。今度の震えは、恐怖ではなかった。怒りだった。
災対局の「型」——観測→等級判定→封鎖→想定外→突破→被害ゼロ、のエピソードエンジンが一度完成しました。四班が噛み合う気持ちよさを書きたかった話です。
そして見えてきた違和感。なぜ等級は低く確定されていたのか。「数字を握る奴が嘘をつけば、扉は間に合わなくなる」——ガイの言葉が、この物語の芯に触れています。
次話は、データ至上主義の花村ユイと、現場の勘のアキラ。二人がなぜ噛み合うのか、その背景に少しだけ踏み込みます。ブックマーク・評価、心から感謝します。




