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王都災害対策局ダンジョン本部 〜魔物災害は冒険者では止まらない〜  作者: 真神 律


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第10話:鉄扉一枚(後編)

残り、四分。


「全経路、避難完了!」ユイの声が、無線に響いた。「二万人、退避確認。谷の周辺、無人!」


「よし」アキラは丘陵の谷を見据えた。「ガイさん、扉の準備を」


「とっくにできてる」ガイが操作盤のレバーを握った。「あとは、お前の合図だ」


残り、三分。地響きが、足元を揺らす。深淵の奥が、赤く明滅し始めた。


残り、二分。


「来るぞ」アキラの背筋が凍った。「振動の間隔が、ゼロに収束する。本震だ。ガイさん——扉、下ろせ!」


ガイがレバーを倒した。巨大な鉄扉が、軋みながら、ゆっくりと谷を塞いでいく。手動。一センチ、また一センチ。岩のような巨漢が、全体重をかけて滑車を回す。


残り、一分。扉は、まだ三分の二。


「間に合わない」アキラは唇を噛んだ。「ガイさん、退避を——」


「下ろし切る!」ガイが吼えた。「ここで止めたら、扉の隙間から濁流が漏れる。漏れたら、北高台の避難民が呑まれる! 二万人を、隙間から殺すわけにいくか!」


深淵が、吼えた。


スタンピード。規格外。瘴気が、いや、瘴気を超えた濃密な災厄が、間欠泉のように噴き上がった。無数の魔物が、地表へ溢れ出す。第三区の、何倍もの規模。濁流が、谷へ向かって殺到する。


「ガイさん!」


「あと、少し——!」


扉が、四分の三。残りは、人ひとりが通れる隙間。濁流の先頭が、谷へ流れ込み始める。


その時、アキラは動いた。


無線機を捨て、ガイのもとへ駆け、滑車の取っ手を、一緒に掴んだ。震える右手で。


「宮野、何を——」


「二人でなら、速い!」アキラは叫んだ。「読むのは終わった! 今は、止める時だ!」


剣を握ると震えた手が、滑車を回していた。震えながら、それでも、止まらなかった。二人分の力で、鉄扉が一気に滑り落ちる。濁流の先頭が隙間へ殺到する、コンマ一秒前——


鉄扉が、谷を、完全に塞いだ。


ごうっ、と。濁流が鉄扉に激突した。鈍い、重い衝撃。扉が軋み、たわみ、しかし——耐えた。


濁流は行き場を失い、谷の壁に逸らされ、無人の荒野へと向きを変えた。一匹も、人のいる方へは抜けなかった。


静寂が、訪れた。


谷の手前で、アキラとガイは、扉に背を預けて座り込んでいた。剣はない。誰も斬っていない。ただ、一枚の鉄扉が、規格外の災厄を、堰き止めていた。


「……地味だな」ガイが、荒い息で笑った。


「ああ」アキラも笑った。右手は、まだ震えていた。だが、それは恐怖ではなかった。「最高に、地味だ」


丘陵の上に、避難した二万人がいた。誰も、彼らがここで何をしたかを知らない。英雄譚にはならない。名も残らない。


ただ、全員が、生きていた。


無線機を拾い上げると、ユイの声がした。涙の滲んだ、それでもいつもの声。


「……宮野。ガイさん。被害状況を、報告して」


アキラは、空を見上げた。朝が、来ようとしていた。


「全区画、避難完了」彼は言った。「負傷者ゼロ。死者——ゼロ」


無線の向こうで、ユイが、小さく、嗚咽を漏らした。


丘陵の上から、一人の男が下りてきた。クロウだった。剣を背負ったまま、彼はアキラの前に立ち、しばらく鉄扉を見上げていた。規格外の災厄を、剣ではなく、一枚の扉が止めた光景を。


「……完敗だ」クロウは、静かに言った。「私の英雄譚は、今日、一人も救えなかった。救ったのは、君たちの、地味な、名もない仕事だ」


彼は、アキラに手を差し出した。


「宮野アキラ。英雄は、要らないのかもしれん。これからは——避難計画が、要る」


アキラは、震える右手で、その手を握り返した。


倒す者が、止める者を、認めた瞬間だった。


第十話、クライマックス決着「鉄扉一枚」後編です。剣を握ると震えた手が、滑車を回していた——アキラが「読む」だけでなく「止める」側に踏み込む瞬間を、この物語の核に置きました。


規格外の災厄を、英雄ではなく、一枚の鉄扉と、二人の手が堰き止める。派手な戦闘ではなく、静寂で決める。それが、この作品の答えです。


そしてクロウの「英雄は、要らないのかもしれん。避難計画が、要る」。倒す者が止める者を認めました。


次話、終章。被害ゼロのその後と、まだ一つだけ残った、塗り潰された署名の話を。第一部、完結します。


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