第19話:七十二時間、再び
王都中央広場に、巨大な王都迷宮地図が掲げられた。
クロウが用意した、市民の目に晒される、公開の観測盤。第二十九区が、赤く点滅している。その下に、立花式の予測曲線が、刻一刻と更新されていく。アキラの読みが、誰の目にも見える形で、広場に映し出された。
「市民の皆さん」アキラは、広場に立った。剣士でも、英雄でもない、一人の観測官として。「六十時間以内に、第二十九迷宮が、スタンピードを起こします。規格外に近い規模です。この予測は、立花式観測法に基づいています。三年間、一度も外していない手法です」
ざわめきが広がった。広場には、第二十九区の住民たちが、不安げに集まっていた。
「この迷宮の封鎖要請は、握り潰されました」アキラは続けた。隠さなかった。「筆頭顧問官グレーヴェの指示で、等級はCと判定されています。ですが、私たちは、皆さんを逃がします。役所の決裁を待ちません。皆さん自身に、判断してもらうためです」
彼は、地図を指した。
「これから六十時間、この観測盤で、予測が当たるかどうかを、皆さんの目で、見届けてください。もし私の読みが正しければ——避難してください。間違っていれば、私を、嘘つきと罵ってください」
それは、賭けだった。だが、三年前、ハルが一人で背負った賭けを、今度はアキラが、王都全体の前で、堂々と背負った。
時間が、進んだ。
立花式の予測曲線が、実際の瘴気濃度を、寸分違わずなぞっていった。広場の観測盤で、予測と実測が、ぴたりと重なっていく。住民たちは、最初は半信半疑だった。だが、十二時間、二十四時間と、予測が的中し続けるにつれ、不安は確信に変わった。
「本当に、当たってる」
「あの観測官の言う通りだ」
「逃げよう。子供を、連れて」
避難は、命令ではなく、住民自身の意志で始まった。ユイが組んだ避難経路に、人々が、自らの足で流れていく。クロウの英雄団が、動けない者を背負って運ぶ。ガイが、隔壁を一枚ずつ、点検していく。セシルが、一部始終を記録する。
そして、噴出まで、残り六時間。
避難は、九割を超えていた。だが——アキラの読みに、異変が走った。
「曲線が、跳ねた」彼は観測端末を睨んだ。「予測より、噴出が早まってる。六十時間じゃない。あと——六時間で、来る」
「なぜ」ユイが叫んだ。
セシルが、通信記録を確認し、青ざめた。「グレーヴェです。第二十九迷宮の、隣接する第三十迷宮で、ギルドの——いえ、グレーヴェが雇った非公式の冒険者が、討伐を強行しています。迷宮同士が、地下で繋がっている。第三十迷宮を刺激したことで、第二十九迷宮の噴出が、早まった」
「あいつ」アキラは歯を食いしばった。「審議会前に、確実に災害を起こすために、わざと刺激したのか。住民が逃げ切る前に」
残り六時間。避難は九割。残る千五百人。間に合うかどうかの、瀬戸際。
「アキラ」ユイが、計算尺を握りしめた。「正規の経路じゃ、千五百人を六時間で逃がすのは、不可能よ」
アキラは、ハルのノートを開いた。崩落の三日前の、最後のページ。「住民を、一人でも多く、逃がす」。
「不可能を、可能にするのが、立花式だ」アキラは言った。「ハルのノートに、緊急避難の数理がある。経路を、五系統に割る。健脚を最短、要支援を英雄団の担送、残りを——封鎖区画を、一時的に避難路に転用する」
「封鎖区画を、避難路に?」ガイが目を見開いた。「あそこは、濁流を堰き止める最後の砦だぞ。開けたら、濁流が漏れる」
「開けて、人を通して、濁流が来る直前に、閉じる」アキラは言った。「コンマ単位のタイミングだ。ガイさん、あんたの扉が、また要る。一万五千人目の、最後の一人を、通すために」
ガイは、無骨な手で、図面を握りしめた。三年前から、何万人もの生き死にを、扉一枚で背負ってきた男。
「……俺の扉を、信じろ」彼は言った。「お前の読みを、信じる。三年前、ハルが残せなかった『最後の一人』を——今度こそ、通す」
残り六時間。一万五千人。一枚の鉄扉。
そして、アキラの読みと、ハルの遺したノートと、王都全体の意志が、三年前の悪夢を、塗り替えようとしていた。
「全班、最終配置」アキラは無線機に叫んだ。「第二十九迷宮、緊急避難開始。——誰も、瓦礫の下に、置かない」
第十九話、第二部クライマックス前段。「七十二時間、再び」。三年前、ハルが一人で背負った警報を、今度はアキラが王都全体の前で堂々と背負います。立花式の予測を公開し、住民自身の意志で避難が始まる——命令ではなく、信頼で人が動く展開を書きたかった話です。
でもグレーヴェが、審議会前に確実に災害を起こすため、隣の迷宮を刺激して噴出を早める。残り六時間、千五百人。三年前にハルが残せなかった「最後の一人」を、ガイの鉄扉が通せるか。
次話、決着。「告発」——現場の被害ゼロと、審議会でのグレーヴェ失脚が、同時に起きます。




