第18話:仕組まれた災害
第二十九迷宮は、王都北部の住宅密集区にあった。
グレーヴェの握り潰しによって、封鎖要請は却下されたまま。公式記録では、等級C。注意喚起のみ。だが、立花式の予測は、明確だった。
「スタンピード型。規格外に近い規模」アキラは観測端末を睨んだ。「噴出まで、約六十時間。住宅密集区の住民は、約一万五千人」
「正規の避難なら、四十時間」ユイが計算尺を走らせた。「間に合う。今すぐ動けば」
「だが、動けば」セシルが言った。「グレーヴェが、『災対局の独断専行』として、審議会で攻撃材料にします。『C判定の迷宮で、一万五千人を無駄に避難させた無責任な役所』と。私たちが正しく動くほど、解体の口実を、与えてしまう」
それが、グレーヴェの罠だった。
握り潰せば、災害が起きて災対局の「失敗」になる。動けば、「過剰避難の独断専行」になる。どちらに転んでも、解体の口実になる。三年前、ハルを追い詰めたのと、同じ構造。完璧な、二重の罠。
「……巧妙ね」ユイが、唇を噛んだ。「動いても、動かなくても、私たちが負ける設計よ」
地下二層に、重い沈黙が落ちた。
アキラは、ハルのノートを開いた。崩落の三日前の、最後のページ。「もし握り潰されたら、これは事故ではなく、人災になる」。
そして、彼は、気づいた。
「いや」アキラは顔を上げた。「罠の前提が、間違ってる」
「前提?」
「グレーヴェは、『動けば独断専行、動かなければ失敗』だと言う」アキラは言った。「だが、それは、三年前の前提だ。あの頃、災対局は、誰にも知られていない、小さな部署だった。だから、独断は『無責任』に見えた。失敗は『役所の無能』に見えた。世論が、いなかったから」
彼は、立ち上がった。
「だが、今は違う」アキラは言った。「クロウが、世論を動かした。王都の人々は、災対局が何をしているかを、知り始めてる。だから——今回は、隠れて避難させない。逆だ。王都中に、公開する」
「公開……?」セシルが目を見開いた。
「立花式の予測を、全部、公開する」アキラは言った。「第二十九迷宮が、いつ、どの規模で噴くか。グレーヴェがそれをC判定で握り潰したこと。災対局が、それでも住民を逃がそうとしていること。全部、王都の人々の前に、晒す」
「危険すぎる」ガイが唸った。「予測が外れたら、王都中の信頼を、一度に失うぞ」
「外さない」アキラは言った。「ハルのノートがある。立花式は、三年間、一度も外していない。そして——もし王都の人々が、自分の目で、予測の的中を見届けたら」
ユイが、はっと顔を上げた。
「グレーヴェの握り潰しが、衆人環視の前で、証明される」彼女は言った。「動いても独断専行と言われない。なぜなら、住民自身が、避難を望むから。失敗にもならない。なぜなら、被害ゼロを、王都全体が、見届けるから。……罠を、ひっくり返せる」
「ああ」アキラは頷いた。「グレーヴェは、災害を『隠れた失敗』にしたい。なら、俺たちは、それを『公開の勝利』にする。三年前、ハルが一人で背負った警報を——今度は、王都全体で、背負う」
クロウが、笑った。「世論を動かす舞台なら、また私が作ろう。中央広場に、王都迷宮地図を掲げる。立花式の予測を、刻一刻と、市民に見せるんだ」
ヴェルナーが、頷いた。「本部長として、責任を負う。災対局の全リソースを、第二十九迷宮に投入する。審議会は——明後日だ。災害の噴出と、審議会が、重なる」
アキラは、王都迷宮地図を見上げた。第二十九区が、赤く点滅している。
「明後日、二つの戦いが、同時に起きる」彼は言った。「現場では、災害との戦い。審議会では、グレーヴェとの戦い。どちらも、負けられない」
彼は、無線機を握った。隣で、ユイが計算尺を握った。ガイが図面を、セシルが記録を、クロウが英雄団を。それぞれの武器を、握った。
「ハルが遺したものを、世に出す時が来た」アキラは言った。「行こう。誰も、瓦礫の下に、置かないために」
第十八話、グレーヴェの「二重の罠」。動いても独断専行、動かなくても失敗——どちらに転んでも災対局が負ける、三年前にハルを追い詰めたのと同じ構造です。
でもアキラは、罠の前提が古いことに気づきます。三年前と違い、今はクロウが世論を動かした。だから「隠れて避難させる」のではなく「立花式の予測を王都中に公開する」。グレーヴェの握り潰しを、衆人環視の前で証明し、罠をひっくり返す——三年前ハルが一人で背負った警報を、今度は王都全体で背負う、という反転です。
明後日、現場の災害と、審議会の告発が、同時に起きる。第二部クライマックス、次話から二話連続。「七十二時間、再び」——今度こそ、死者ゼロを。




