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王都災害対策局ダンジョン本部 〜魔物災害は冒険者では止まらない〜  作者: 真神 律


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第16話:査定官の証明

セシル・アーレンは、三日間、査定室から出てこなかった。


塗り潰され、薬品で焼かれた、三年前の署名。誰にも読めないようにされた名前。彼女は、それを読むことに、すべてを賭けていた。


「数字の嘘は、人を殺す」それが、彼女の信条だった。そして、焼かれた名前は、最大の嘘だった。


四日目の朝、セシルが、フロアに現れた。目の下に隈を作り、しかし、その目は燃えていた。


「読めました」彼女は言った。


フロアの全員が、彼女を見た。


「インクは焼かれていました。でも、署名は、羽ペンの筆圧で、紙に窪みを残していたんです」セシルは、薄い紙片を、ランプにかざした。「光を斜めから当てて、窪みの陰影だけを拾いました。三年前、この封鎖要請を却下した人物の、自筆の署名です」


紙片の窪みに、光が走った。そこに、確かに、名前が浮かんだ。


『ローレンツ・グレーヴェ』


フロアが、静まり返った。


三年前。立花ハルの封鎖要請を握り潰し、その死を「事故」として処理した人物。それは、今、災対局を予算で潰そうとしている、筆頭顧問官その人だった。半年前の現行犯と、三年前の人災が、一本の線で繋がった。


「これで」ユイが、震える声で言った。「過去と、現在が、揃った。三年前のハルさんの件と、半年前の規格外迷宮、鉱山区の現行犯。すべて、グレーヴェの『線引き』が起こした人災。物的証拠としては、完璧よ」


「だが、まだ足りない」アキラは言った。皆が彼を見た。「グレーヴェは、これを『行政判断だった』と言い張る。『あの時の情報では、封鎖は過剰と判断した。結果として崩落が起きたのは不運だった』と。証拠があっても、解釈で逃げる。ザイデルが教えてくれた——あいつらは、死者がいても、『不可抗力』に書き換える」


「じゃあ、どうすれば」セシルが言った。せっかくの証明が、まだ届かないことに、声が沈んだ。


アキラは、ハルのノートを開いた。崩落の三日前の、最後のページ。


「ハルは、自分の要請が握り潰される可能性を、予測してた」アキラは言った。「だから、ノートに残した。『もし握り潰されたら、これは事故ではなく人災になる』と。つまり——ハルは、却下された後も、観測を続けてたんだ。崩落が来ることを、知ってて」


彼は、ノートの数式を指でなぞった。


「ハルの最後の観測記録が、どこかにあるはずだ。崩落の、直前の。それがあれば——グレーヴェが『過剰封鎖だと判断した』という言い訳が、崩れる。ハルは、崩落を正確に予測して、警告し続けてた。それを、グレーヴェは知ってて、握り潰した。『情報がなかった』んじゃない。『情報を、無視した』んだ」


「その記録は、どこに」


アキラは、立ち上がった。


「ハルが、最後にいた場所だ」彼は言った。「第七迷宮の、観測小屋。三年前、俺が瓦礫を掘った、あの場所」


——第七迷宮。


崩落から三年。封鎖されたまま放置された迷宮の入口に、半壊した観測小屋が残っていた。アキラは、三年ぶりに、そこへ足を踏み入れた。


埃と、崩れた木材。かつて、ハルが一人で観測を続けた場所。アキラの右手が、震えた。だが、彼は進んだ。


小屋の奥、崩れた机の下。防水布に包まれた、一束の観測記録が、そこにあった。ハルが、最後の瞬間まで書き続けた、第七迷宮の前兆データ。


そして、記録の最後に、走り書きがあった。震える筆跡で。


『再三の封鎖要請、すべて却下。グレーヴェ顧問官、観測データの受領を拒否。「英雄が討つので不要」と。——崩落、来る。住民を、一人でも多く、逃がす。これが、最後の観測になるかもしれない。アキラ、後を頼む』


アキラは、その紙を、胸に押し当てた。


ハルは、知っていた。逃げられたはずだった。だが、彼は最後まで、住民を逃がすために、現場に残った。そして、グレーヴェは、そのデータの受領すら、拒否していた。「情報がなかった」のではない。「情報を、突き返した」のだ。


これで、言い訳は、できない。


「……見つけたよ、ハル」アキラは掠れた声で言った。「お前が、最後に遺したものを」


無線の向こうで、ユイの声がした。


「アキラ。これで、グレーヴェは、逃げられない。三年前、彼はハルさんの観測データを、明確に拒否した。その証拠がある。あとは——これを、王都中の人々の前で、突きつけるだけよ」


アキラは、小屋を出た。三年前、瓦礫を掘った場所に、朝日が差していた。


「ああ」彼は無線機を握った。手の震えは、もう、止まっていた。「告発しよう。ハルの死を、事故になんて、させない」


第十六話、セシルが「焼かれた名前」を読み解きます。インクは焼かれても、羽ペンの筆圧の窪みは残っていた——「数字の嘘は人を殺す」を信条とする査定官の、執念の証明です。三年前と現在が、グレーヴェという一本の線で繋がりました。


でも証拠があっても「行政判断だった」で逃げられる。だからアキラは、ハルが最後に遺した観測記録を取りに、三年ぶりに第七迷宮へ。そこにあったのは、グレーヴェが観測データの受領そのものを拒否していた証拠。「情報がなかった」のではなく「情報を突き返した」——言い訳の余地を、完全に塞ぎます。


そしてハルの最後の走り書き。「アキラ、後を頼む」。次話、クロウが世論を動かし、告発の舞台が整います。


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