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王都災害対策局ダンジョン本部 〜魔物災害は冒険者では止まらない〜  作者: 真神 律


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第13話:相棒のノート

相棒の名は、立花ハル(たちばな はる)といった。


アキラは、ハルのことをほとんど語らなかった。三年間、誰にも。だがその夜、地下二層に四人が残った時、ユイが静かに切り出した。


「立花ハルさんのこと、教えて。告発するなら、私たちは、彼が何を遺したのかを、知る必要がある」


アキラは、長いこと黙っていた。やがて、右手の古い包帯に触れた。


「ハルは、観測の天才だった」彼は口を開いた。「俺がAランクの剣士だった頃、あいつは同じパーティの観測係でな。誰も信じなかったんだ。『迷宮は予測できる災害だ。前兆は必ず数字に出る』って、あいつはずっと言ってた。当時、迷宮は『気まぐれな運』だと思われてた。封鎖も避難も、英雄頼み。あいつの理論は、笑われてた」


「でも、当たっていた」セシルが言った。


「ああ。あいつの読みは、いつも当たった」アキラは目を伏せた。「だから、あいつは、自分の理論で国を変えようとした。観測理論を体系化して、災対局の前身——当時はまだ小さな部署だった——に持ち込んだ。『これで、誰も瓦礫の下に置かずに済む』って」


「それを、握り潰された」ガイが低く言った。


「第七迷宮で、ハルは封鎖要請を出した」アキラの声が掠れた。「俺は、その時、別の現場にいた。あいつは一人で観測してた。要請は——却下された。二日後、第七迷宮が崩落した。ハルは、避難誘導の最中に、巻き込まれた。死者一名。公式記録は、不可抗力の事故」


フロアが、静まり返った。


「俺は、その崩落の現場に、遅れて駆けつけた」アキラは右手を見た。「瓦礫を、素手で掘った。何時間も。だが、間に合わなかった。あいつの腕に、これが巻かれてた」彼は包帯に触れた。「現場用の止血布だ。あいつが、最後まで、誰かを助けようとした証だ。俺は、これを——形見に、巻いてる」


剣を握ると震える右手。その手に巻かれた、相棒の止血布。アキラが三年間、誰にも語らなかった理由が、そこにあった。


「ハルのノートは、見つからなかった」アキラは続けた。「崩落で失われたと思ってた。あいつの観測理論を書き溜めた、分厚いノートだ。俺は、あいつの読み方を、隣で見て覚えただけ。だから俺の『勘』は——本当は、ハルの理論なんだ。体系も、根拠も、全部あいつの頭の中にあった。俺は、その断片を、真似てるだけだ」


その時、セシルが、はっと顔を上げた。


「待ってください。失われた、と思っていた——だけ、ですよね」彼女は古い記録を漁り始めた。「崩落事故の遺品リスト。災対局の倉庫に、未整理のまま眠っているはずです。三年前、回収された遺品が、誰にも引き取られず——」


セシルが、震える指で、一行を指した。


「『観測手帳・一冊。保管』。……宮野さん、ハルさんのノートは、ここに、あります」


倉庫の最奥。埃をかぶった木箱の中に、それはあった。


革表紙の、分厚い観測手帳。立花ハルの几帳面な筆跡で、迷宮予測理論が、びっしりと書き込まれていた。瘴気の上昇曲線。等級判定の数理。前兆の相関係数。アキラが「勘」と呼んでいたものの、すべての根拠が、そこにあった。


ユイが、ページをめくる手を止めた。


「……宮野。これは、勘なんかじゃない」彼女の声が震えた。「完成された、観測科学よ。これがあれば、あなたの読みは、全部『証明できる言葉』になる。誰にも——グレーヴェにも、握り潰せない」


アキラは、ノートの最後のページを開いた。


そこには、日付があった。崩落の、三日前。ハルの筆跡で、こう記されていた。


『第七迷宮、封鎖要請。却下の可能性高し。もし握り潰されたら、これは事故ではなく、人災になる。——アキラ、もし俺に何かあったら、この理論を、世に出してくれ。誰も、瓦礫の下に置かないために』


アキラの右手が、震えた。今度は、止めようとしなかった。


「……分かったよ、ハル」彼は掠れた声で言った。涙が、ノートに落ちた。「お前の理論を、世に出す。お前の死を、事故になんて、させない」


第十三話、相棒・立花ハルの遺したノートが見つかります。アキラの「勘」の正体——それは死んだ相棒が遺した、完成された観測科学だった。右手の包帯が、ハルの形見の止血布だったことも。


そしてノートの最後の一行。ハルは、自分の死が「事故ではなく人災になる」ことを、予測していた。「この理論を、世に出してくれ」——アキラの贖罪が、ハルの遺志と、はっきり一本に繋がりました。


勘が、証明できる科学になった。これでグレーヴェにも握り潰せない武器ができた。次話、現場でグレーヴェが「今も」警報を握り潰している証拠を掴みに行きます。


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