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7.真意を読めないひと

*****



「 ラーレシア王女殿下?」



名前を呼ばれて、慌てて顔を上げる。


目の前で怪訝そうな顔をしていたお針子の女性が、わざわざ立ち上がってこちらの顔を覗いている。



「ああ、ごめんなさい。少し考え事をしていて… 」


「 ご加減が優れませんか?」


「 いいえ、そういう訳では無いの、ごめんなさい」



ミュリエルの死から、早三ヶ月。ラーレシアは珍しく王宮内の客間の一室に腰掛けていた。国王から命じられた、エーレンフェストの第三王子との縁談。その準備は殆ど第一王子マリユスとラーレシアの手に委ねられていて、今日は婚礼衣装の打ち合わせのために呼ばれていたのだった。


かの王子とは、一度手紙を交換した程度。ほとんどが定型文的な社交辞令で終わっているせいで、相手の人となりもよくわかっていなかった。



「 マリユス殿下から、王女殿下の婚礼衣装はエーレンフェスト風に合わせよとの仰せでしたので…」


「そうなのね。エーレンフェスト風というと、どのような感じになるのかしら 」



目の前に座るお針子ーーアンナと名乗ったーーは手際よく手元の資料を差し出してくる。


リュクラシアではパニエと呼ばれるものでドレスを膨らませた、華麗なドレスが正装として主流である。

一方、アンナから受け取った資料によればエーレンフェストではエンパイアドレスが女性たちの主流な様式であり、儀礼的な場では丈の長い上衣に、刺繍の凝ったドレスを身に纏うのが主流であるようだ。



「 ご成婚後のことも考えますと、婚礼衣装のほか、数着のドレスをお作りになっていたほうがよいかと思います」


「 それがいいわね」



アンナは満足げに頷くと、すぐさま次のスケッチを出してくる。



「 王女殿下の姿絵を拝見いたしまして、いくつかお似合いになりそうなスケッチを描いてまいりました。どうぞ、ご覧くださいませ。」



非常に丁寧に描き込まれたそのデッサンは、素人目に見ても美しい。



「…… 」



ーーこれは


ふと、1枚の紙に目が留まる。咲き始めの薔薇のような、瑞々しい桃色のドレス。胸元にはたくさんの花を象ったデザイン。裾には、薔薇の棘のように鮮やかな緑が覆う。


ひとりの少女の笑みが、脳裏をよぎった。


薔薇の花を手向けた、美しい少女。

こんな美しいドレスがきっと似合う少女だった。


薔薇のような桃色の瞳をした、綺麗で愛らしい少女。


ーーーミュリエル…

 


「 …王女殿下?どうかなさいましたか?」


「 …ごめんなさい、違うの」



震えたくちびるから、短く息を吸って、吐く。

アンナが心配げな表情を向けてくる。

取り繕うように、視線をずらして手元へと向けた。



「…このドレスを見て、懐かしい人を思い出していたの 」


「 懐かしい人、でございますか?」


「 ええそう…このドレスがきっとよく似合う、誰よりも綺麗な子よ」


「 それは…」



困惑を顕に、返答に窮したようにアンナが瞳を揺らした。


彼女はラーレシアが何を言っているのか理解できていないだろう。ミュリエルの死が平民に知らされることはなかったし、知らされていたとしても、きっとすぐに忘れられる。


首を振って、気まずげな雰囲気を打ち消すように紅茶を口に運んだ。



「ーーいいの、変な雰囲気にしてしまってごめんなさい。おかしなことを言ったわね 」


「いいえ、ぜんぜん構いません!こちらこそ、申し訳ございません 」


「気にしないで。…どのデッサンもとても素敵だったわ。この中から幾つか仕立てさせていただこうと思うわ 」



数着のドレスを発注し、その日はお開きになる。


アンナが立ち上がり、頭を下げて退出しようとしたその時。控えめに声がかけられた。



「…っ、そ、その! 」



何事かと腰掛けたまま振り返れば、アンナが緊張した様子で、ラーレシアを見つめていた。



「 何かしら?アンナ」


「 その、不躾とは思いますがーー!」


「 …?ええ」


「 どなたかを、亡くされたことが…?」



辺りがしんと静まりかえる。アンナは、自分の失態に気がついた様子で激しく肩を震わせ、それから大きく頭を下げた。



「 っ!も、申し訳ございません!今のはお忘れになってーー」


「 アンナ、大丈夫よ」



ラーレシアはあまりに怯えるアンナの様子に少しだけ笑う。好奇心旺盛で物怖じしない性格なのだろう。ラーレシアが含みのある言い方をしたせいで、何かに感づいたようだった。



「大切なひとよ。大事な大事なひと。 」



誰を、とは明白に口にしない。どこに誰の目があるかは分からないから。



「いまでも忘れられないの 」



静かにアンナを見つめれば、アンナは恐縮したように肩を縮こませた。



「 その、申し訳ございません…」


「いいのよ 」



ラーレシアが微笑めば、アンナは申し訳なさそうに頭を下げ、王宮をあとにした。


ラーレシアは小さく息をついて、早々に王宮から離宮の自室へ戻ろうと席を立つ。



「……! 」



ドアのノックの音とともに入ってきたのは、麗しい第一王子マリユス。

壁際に控える侍女たちに柔らかい微笑を向け、それからラーレシアにも微笑みを向ける。



「 第一王子殿下、本日はご機嫌麗しくーー」


「 ああ、楽にして構わないよ、ラーレシア」



カーテシーをしようとしたラーレシアを眼差しだけで優しく止め、マリユスは近づいてくる。



「ドレスは決まったかな? 」


「 ええ、殿下が手配してくださった針子のおかげでございます。ありがとう存じます。」


「 満足のいくものであったなら、よかった」



にこり、と笑みを深めたマリユス。


なぜこんなところまでやってきたのだろうか。まさかラーレシアのドレス選びが恙無く進行しているかを確認しに来たのだろうか。第一王子という身分はそれほどに暇ではないはずだが。



「私も婚礼準備なんて初めてなものでね。なにか不手際があってはいけないからね。 」


「それは…お気遣いいただき、ありがとう存じます 」


「 ああ、そんなに畏まらないで。私ができることなんて些細なことだけだから。父上はこういったことだけ私に丸投げなさるから、困ったものだよ」


「 ……」



ラーレシアは曖昧に微笑むにとどめる。国王に関する軽口など、マリユスほどに信の置かれている者でなければおおよそ口にすることなどできない。同意も否定も、得策ではない。



「エーレンフェストの王子殿下とはどうかな? 」


「 …大変素敵な方だと思います」


「 へぇ?それはよかった」



にこやかな笑みを浮かべるマリユスの真意は読めない。


姿絵をみる限り、柔らかい銀髪に青色の瞳を持つ精悍な美青年であった。エーレンフェストの第三王子アデルナハト。



「 もう少しで君が隣国に嫁いでしまうなんて、信じられないよ」


「 …そうでしょうか」



そもそもマリユスとラーレシアには殆ど面識がないというのに、どうしてそんなことを言うのだろうか。



「…ああ、そうだ。実はね、テティリーヌも近々嫁いでもらうことになっていてね 」



言葉を耳にとらえた瞬間、思わず目を見開いていた。


最も王位に近いと呼ばれた三人のうちの一人であるテティリーヌが嫁ぐ。


それは、この王宮内の勢力図を著しく書き換えるものに違いはなく。


大きく見開いた目を、そのままマリユスに向ければ淡い笑みが向けられる。



「 ふふ、驚くよね。陛下もテティリーヌが嫁ぎ遅れてしまうことを心配なさっていてね。此度の縁談は私進めているんだ。」


「 …それは…おめでとうございます」


「 あぁ、まだテティリーヌには言わないでおいてね?」



まさか、テティリーヌには伝えていないのか。舞踏会の日に見た高慢なテティリーヌの姿。そんなことを知ったら激昂するのではないだろうか。


目の前で穏やかに微笑んでいる王子は、何事も気にしたふうもない。



「 勿論でございます」



けれどもラーレシアには、第一王子のお願いなど断れるはずもない。そうやって生きていた。目くじらを立てぬよう、あらぬ誹りを受けぬよう、ただ粛々と、目立たぬように。


マリユスはふふ、とまた可憐に笑うと立ち上がったままのラーレシアの正面の椅子に腰掛けた。マリユスの菫色の瞳が細められ、その意図を察してラーレシアもまた腰を下ろす。


どうやら長い話になるらしい。



「 ミュリエルのことは…残念だったね」


「 ………」



顔を伏せた。何を言うのか。自分で彼女を死にやっておきながら。何が残念だ。


怒りはきっと顔に出ていた。だから、目を合わさぬよう、視線をそらしたというのに。


思いの外、近い距離にいたらしい。椅子から身を乗り出したマリユスに、おとがいを優しく捕らえられ、そのまま上を向かされた。

女神の如き美貌が、眼前にある。



「 …っ」



何を考えているのだろうか、この王子は。常に微笑みを浮かべているはずの儚げなかんばせはどういうわけか今は静かにラーレシアをみつめている。



「 私を恨んでいるかい?」



落ちてきた声は硬質で、何の感情も読み取ることができなかった。



「…っ放して下さいませ 」



声が震えた。恨んでいるかなど、そんなこと分からない。この王子が何を考えているのかさえ分からないというのに。


恨む勇気なんて、ラーレシアにあるわけがない。ミュリエルが断罪された時にだって、彼女を守るために立ち上がることすらできなかった、愚かな小娘が。命知らずにも第一王子を糾弾する勇気なんて、ない。


だからこうして生きているのだ。気まぐれな神に頭を下げて、自分は見て見ぬふりをして生き続ける。馬鹿みたいに愚かで、自己中心的なラーレシアの生き方。

ミュリエルが亡くなってから、その重みに、大切さに気づいた愚か者。だというのに、まだこうして生き抜くためならば都合のいいほうへと流れていく、自分自身に嫌気が差す。



「 恨んでなど、おりません」


「 ………そう」



身動ぎの音とともに、マリユスが離れていく。指先が冷たくなっていた。そう、ひどく冷たい。くちびるが震えた。


マリユスは何かを考えるように目を伏せて、それからすぐに柔らかく微笑んだ。



「怖がらせてしまったのならすまないね。 ラーレシアとはエーレンフェストへの旅程を詰めたいと思っていてね。少し時間を貰うよ」



何事もなく微笑むと、マリユスは語り始める。


ラーレシアは冷えた指先を手のひらにぎゅっと握り込んで、そっと覆い隠す。引き結んだくちびるをなんとか微笑みの形に引き上げると、マリユスの言葉に相槌を打つべく耳を傾けた。


エーレンフェスト出発まで、あと数ヶ月。


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