22.エッヴィヒ=グローべ
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「姫さーま? 」
自室でぼんやりとしていると、明るい声とともに、優しい眼差しが注がれていることに気がつく。
「 …アンリエッタ」
「 今日は少しお元気がありませんか?」
「いえ…元気よ 」
「 なにか考え事でも?」
「 考え事…?そうね…」
アレスタントの水色の瞳が、頭から離れなかった。
「アレスタントのことを考えていたの 」
「 ……アレスタントですか」
そう言えば、アンリエッタは神妙な顔をして頷いた。
「 …あれは……」
「 あれは?なにか知っているの?」
「…そうですね、姫さまには秘密です 」
「 …どうして?」
アンリエッタは困ったように眉を下げて微笑むと、仕方がなさそうにラーレシアを見つめた。
「 …姫さまに知られては、アレスタントも辛いでしょうから」
「 ……どういうこと?」
「 殿方の意地のようなものです」
「 ……」
全く意味がわからない。話が噛み合っていないように思うが。
「 まあ、彼は真面目ですから、心配するようなことは起こらないでしょうけれど、私も気に掛けておきますね」
「 ……そう…」
真面目だと、心配がないのだろうか。よくわからない。アンリエッタの口調からすれば、アレスタントには悩みがあるようだが、それをラーレシアには教えたくないらしい。
「 …そういえば、姫さま」
「 ……?なあに、アンリエッタ」
「姫さまは、エッヴィヒ=グローべというものをご存じですか? 」
「 …エッヴィヒ…?いえ、ごめんなさい、分からないわ」
初めて聞く名前に、目を瞬く。
「エーレンフェストにのみ存在する宗教なのだそうですが、どうにもエーレンフェスト貴族の一部で強く信仰されているらしいのです」
「 ……?ええ…」
話の先が見えず、困惑しながらも頷いた。
「少しばかり倫理観のない…ということを聞きました。一部ではエーレンフェストの王家を狙っているとか、そういった噂もある宗教でございますので、お気をつけください。」
「 エーレンフェストの国家転覆を?」
「 はい…噂ですが。特に、トードライヒ伯爵家と呼ばれる貴族が教団の中枢にいるらしく、彼らとの付き合いは、慎重に。」
「 ……わかったわ、気をつける」
「そうしていただけると、助かります。私もこの情報を仕入れるのが遅くなってしまって、申し訳ありません。」
アンリエッタが申し訳なさそうに眉を下げるので、ラーレシアは慌てて首を振った。
「 そんなことないわ…!アンリエッタにも仕事があるのにーー」
アンリエッタは榛色の瞳に、子どもを見つめる母親みたいに優しい色を乗せてラーレシアを見つめた。
「姫さまは私の自慢の姫さまです」
「…… 」
「私は、アンリエッタは姫さまのお優しいところが大好きです 」
「 ……もう…急に恥ずかしいわ…」
頬が熱い。
アンリエッタはこういうことを恥ずかしげもなく言うから、困る。
頬を冷ますように手のひらを当てた。冷たさが、心地よい。
橙色の太陽が、不意に姿を消す。
日が落ちて、辺りを闇が静かに包んだ。
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「エッヴィヒ=グローべ、知っている? 」
優雅に微笑んだマリユスの言葉に、ルシアンは小さくマリユスを睨む。
「 …エーレンフェストのイカれた貴族連中が信仰してる宗教でしょう」
「 流石。よく知っているね、ルシアン」
「 …世辞はいいです。で、そのエッヴィヒ=グローべが、ルヴェラ男爵夫人の実家だって言いたいんです?」
マリユスはくちびるを淡い笑みの形に染めると、紫水晶の瞳をルシアンへと向けた。
「そうだね。正確にいえば、エッヴィヒ=グローべの中心にいる貴族ーートードライヒ伯爵家が彼女の実家だ。トードライヒ前伯爵の三女がルヴェラ男爵夫人だ。今は彼女の兄がトードライヒ伯爵位を継いでる。 」
「 …あんたはそれが怪しいと?」
「 さあ?あくまでも推測だよ」
ルシアンは小さく舌を打つ。
この男の情報源は一体どこにあるのか。この男一人でも、ルヴェラ男爵夫人の居場所など簡単に見つけてしまいそうだが。
なぜ、わざわざルシアンに協力を依頼した?
疑問と警戒ーーそれに、そんな女々しいことを一瞬でも考えた自分にまた苛立つ。
「 俺の手が必要ないなら、あんただけでやればいいでしょう」
「 …まさか、悲しいことを言わないで。兄弟って協力し合うものだろう?」
「 …白々しい」
父であるリュクラシア国王の腹の中など読めたことなどなかったが、この男も何を考えているのか、わかった試しは一度もなかった。
聖母のような微笑の裏で、悍ましい計画を苦もなく実行する。
人も殺せぬような美貌に気を許したものから、静かに毒牙にかかっていくのだ。
マリユスは静かに微笑から淡い息を吐き出すと、困ったように眉を下げて微笑んだ。
「 流石に私一人で探すのは大変なんだ、わかるだろう、ルシアン」
「…… 」
この男の真意は読めない。が、下手に断って恨みを買うよりは素直に従ったほうが良い。
ルシアンは紅玉の瞳を伏せると、すぐに睨めつけるようにマリユスを見上げた。
「 あんたのことだ、どうせもう当たりをつけてるんでしょう」
「 …どうかな?外れているかもしれないからね」
窓の外から沈みかけの太陽の光が強く指す。
火のような光が手のひらを熱く焦がした。
「 …エッヴィヒ=グローべの教会が、エーレンフェストの奥深い山奥にある。トードライヒ伯爵家の守衛が周辺を守ってる。他国の教会だからね、私一人ではどうにも難しいんだ」
「 ……あんた一人でもどうにでもなるくせに…」
「 ……」
マリユスは静かに笑みを浮かべただけだった。それにまた苛立って、静かに息を吐きだす。
「 …わかりましたよ」
「 助かるよ、ルシアン」
去っていくマリユスの背中を、ルシアンは静かに見つめていた。
日が落ちる。
まるで、落ちること以外の定めを知らぬように。
太陽の円形が地平に隠れ、薄暗い夜闇に沈んだ。




