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21.堕ちぬ星を望む

*****



赤い絨毯に、足音が吸われ、低く鈍い音だけを残して消えていく。


浮かべた微笑の裏で、マリユスは静かに考える。


第二側妃ヴィクトワールが、何故か第三王女ジェルヴェースと対談した。しかもそれは秘密裏に行われたーーマリユスの手の者からもたらされた知らせは、何かの幕開けのようだった。


「 ……」


考えられることはいくつかある。


娘であるテティリーヌがドゥエンデに嫁ぐことを彼女は承知していないようだった。だからこそ、ジェルヴェースにーー


「 …何をする気なのかな」


ひとり静かに零し、考えを深めるように紫水晶の瞳を思案に沈めた。


もしくは上王派閥と呼ばれる派閥は、上王の高齢化によって勢力を落としつつある。だからこそその派閥のジェルヴェースを落としておこうとしたのかーー


いずれにせよそれだけの情報では考察するのには不十分で、マリユスは静かに首を振った。



「 …ルシアン」


目当ての相手に、マリユスは静かに足を止めた。


若々しい栗毛の癖毛に、柘榴のような赤の瞳をこちらに向けた第二王子ルシアンは苦々しげに舌を打つ。


「……ッチ………なんです? 」


「 探索は順調かな?」


「………全く 」


そう、とマリユスは笑みを深める。この男が手を抜いているわけではないだろう。ルシアンは、負けず嫌いなのだから。


「 ルヴェラ男爵夫人は上手く逃げたみたいだね。でも……」


「 たかだか貴族の女の逃走劇なんて、底が知れてる。これだけ逃げ続けられるってことは、協力者がいるってことです」


「 そうだね」


「 ……当てがあるんですか」


「…あることにはあるね 」


マリユスが笑み深めれば、ルシアンは苛立ったように凛々しい眉を持ち上げた。


陛下(おとーさま)に大分絞られたみたいですけど、全く無傷なようで驚きました」


赤い瞳に、揶揄するような、皮肉めいた調子を乗せて、ルシアンが言う。


絞られたーーールヴェラ男爵夫人の逃亡の責を問われたのはマリユスだった。あながち間違いではない。


あの男は、玉座の上でつまらなそうにマリユスの報告を聞いていた。虫螻の羽音を小煩そうに聞くみたいに。


あの程度のことで心が折れるならば、マリユスの心はとうに死んでいる。


「…そうだね 。父上のお言葉に、私ももっと励まねばと痛感したよ」


「聖人面しやがって… 」


「 聖人?そんなふうに言ってもらえるなんて、光栄だな」


「 ……もういい。早くその当てを教てくれます?俺だって暇じゃないもんで」


マリユスは静かにルシアンを見つめる。

およそ一年後に産まれた、義弟(おとうと)の顔を。


「…ルヴェラ男爵夫人の出身を知っているかな 」


「 …出身?」


「 彼女はねーーー」


マリユスは顔を上げ、聖母のような笑みを浮かべた。神話に刻まれたその瞬間の、柔らかく、けれどもどこか恐怖を覚えるような、そんな笑みを。



「 ルヴェラ男爵夫人は、エーレンフェストの貴族の出だ」





******



「…アレスタント 」


静かに、アレスタントの自室の扉を叩いた。

背後には侍女のアンリエッタを伴っているから、不貞を疑われることはないはずだ。


「……はい 」


すぐに扉が開いて、警戒するような顔をしたアレスタントが現れる。

日が落ち始めたというのに、簡易な甲冑はそのままで、慌てた様子で剣を手に下げていた。


「 なにか、大事が?」


「 いえ、大丈夫よ」


心配をかけたのだと分かって、ラーレシアは慌てて首を振る。

気まずさに視線を泳がせ、アレスタントを見上げた。頭一つ分以上は差のある長身を伺うように見つめれば、アレスタントが困惑したように肩を揺らした。


「…その…何か、あったの? 」


「 …何か、とは?」


「 いえその……」


邪気のない水色の瞳に真っ直ぐに見つめられて、思わず視線を彷徨わせる。


アンリエッタを縋るように見つめれば、アンリエッタはすぐに承知したと言わんばかりに頷いた。


「 …姫さまが貴方のご様子を心配しておいでです」


「心配?姫が? 」


「ええ、そうよ…その、だって……今日は少し、様子が変だったもの 」


「……… 」


アレスタントは驚いたように息を呑みーーそれから、諦めたように小さく苦笑した。


「気になさらないでください。ただの……そう、ただの気の迷いですから 」


「 気の迷い?」


「ええ、そうです 」


「 そうなの?本当に、大丈夫なの?」


「 本当に。天に誓ってもいい。」


優しい眼差しのアレスタントに見つめられれば、それ以上は何も言えなくなって、頷く。


「 …わかったわ。でも、何かあったらすぐに言って。わたくしにできることなら、何でもするから」


「……… 」


アレスタントが笑みを浮かべた。


その表情に、一瞬目を奪われる。


どこか影のある笑みだった。

何かを諦めたような、それでいて期待するような、そんな硝子玉みたいな水色が。


「 貴女は星だ」


「…アレスタント? 」


「 …星でいてください、我が主」


跪いたアレスタントに手のひらを優しく掬われた。額に手のひらを押し戴くようにしているから、その表情は見えないのに、その言葉はどこか切実だった。


「 どうか地上には堕ちてこない、星であってください」


「……アレス 」


「 私は」


制止の言葉は、すぐにアレスタントの言葉によって飽和して消える。


「 …私はずっと」


アレスタントが顔を上げた。

名残惜しむようにラーレシアの指先に口づけて、静かに手を離した。


「 ………貴女を…」


「 ……わたくしを?」


「 …………護りたかった」


何かを紡ごうとしたように震えたくちびるは、諦めたようにその言葉を吐き出した。


「…護ってくれているわ。ずっと。 」


「 ……」


「 陛下に目をかけられて、〈月の守護者 〉になっても。どんなときも、ずっとわたくしを護ってくれたわ」


「 ………」


アレスタントは微かな笑みを浮かべ、淡雪のように軽く息をついた。


「……そう、ですね 」


「そうよ 」


「……すみません。こんなところまで来ていただいて。帰りは警護いたします。 」


「 別に、大丈夫よ。王宮内だから…」


「送らせてください」


アレスタントはきっぱりと言い、静かに笑みを落とす。


「 私には、それしかできない」


そんなことを言われたら、断ることなんてできないではないか。

ラーレシアは差し出された指先に、自身の手のひらをそっと重ねた。



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