20.獅子と小兎
******
「 ……」
炯々と炎のように煌めきながら揺らめく燭台の炎を受けて、二人の女の輪郭が顕になる。
「…何用ですか、第二側妃ヴィクトワール様」
女ーーまだ初々しい少女のような清廉さを持った若い女が静かに口を開いた。新緑を抱く木の根のような焦げ茶の長髪は、一変の乱れもなく整えられていた。
「 …何用か……そうね、可愛らしいお嬢さんに縁談を持ってきて差し上げたの」
向かい合うように椅子に腰掛けていたヴィクトワールは嫣然と微笑んで、注がれていたティーカップに口をつける。
「…縁談? 」
「 ええ、そうですわ。庶子でありながら、身の程知らずにも王家に名を連ねる栄光を賜った、第三王女ジェルヴェース=ルルーシャ=リュクラシア様。貴女にね?」
そういえば女ーージェルヴェースは少女のように若々しいかんばせに険しい色を乗せる。
「 私の母上を侮辱する気?」
「 まさか、とんでもありませんわ」
ヴィクトワールは笑みを深めただけで、それにジェルヴェースは諦めたように小さく息をついた。
「…今日はお祖父様がいらっしゃるの。ですから、早く帰っていただかないと」
「 ……お祖父様…そう、上王陛下が」
ヴィクトワールは妖艶に美しい金色の瞳を細めた。まるで獲物に目当てをつけた、獅子のように。
「でも…そうね、上王陛下だって、いつまでも生きているわけではないわ 」
「 …不敬よ、黙りなさい」
「 まあ、ふふ。だって、考えても見なさいな?上王陛下が亡き後ーーただその慈悲にすがっているお嬢さんがどうなるのか…」
「 私がお祖父様の庇護なくしては行きられぬ小兎だと?」
ジェルヴェースの榛色の瞳に、強い怒りの光が瞬いた。
「 あら、素敵な表現ね?お嬢さん、確かに貴女は籠の中の小兎なのかもしれないわね。上王陛下の大切な大切な愛玩動物…」
「 黙りなさい」
「あらあら…ごめんなさいね? 」
ジェルヴェースは苛立ったように席を立つ。
翻したその背中に、ヴィクトワールは含笑んで、口を開く。
血のように鮮やかな紅のくちびるが、まるで獲物を食らおうとする獣のように艷やかに動く。
「 …上王陛下は南向きの最奥のお部屋で寝ていらっしゃるのね」
「 ……っ……!!!」
ジェルヴェースはその言葉にぴたりと足を止めて、美しい女を振り返る。
豪奢な金髪は緩く結い上げられている。金を豪勢に溶かし込んだみたいな瞳が、ジェルヴェースを見つめていた。
「……お前……私を脅しているの? 」
上王の住まう別邸というものは、公には公開されておらず、防衛上の観点から内部に入れるものも僅かだ。この女が、その部屋の寝室の位置まで把握しているということは、そういうことだ。
いつでも殺せる、そう言いたいのだ。
沸き立ってきた嫌悪と憎悪に、ジェルヴェースは真っ赤に頬を染める。
「 上王でさえ手にかけるというの?その言葉を口にした時点で、お前は不敬罪よ」
「 手にかける…?まあ、恐ろしいことを仰らないで。わたくしはただ、上王陛下のいらっしゃる場所を予想しただけ、でしょう?」
「馬鹿なことを…!! 」
けれどもジェルヴェースはすとんと椅子に腰を下ろすと、目の前の女を睨めつけた。
ヴィクトワールは艶やかに笑う。金色の耳飾りが揺れ、炎の光をちろちろと反射した。
「お話する気になってくださって、よかったですわ」
「…… 」
「お嬢さん、どうかドゥエンデに嫁いでくださらない?」
「 ……」
ジェルヴェースは無言でヴィクトワールを睨み据えた。
「…ドゥエンデに嫁ぐ?そんなこと、陛下の許可なしにできると思っているの? 」
「 …ですから、ね?上王陛下に掛け合ってくださらない?上王陛下の寵愛を一身に受けているお嬢さんならーー」
「 …私に、お祖父様を騙せと」
「 騙す?違うわ、お嬢さんが心の底からお願いするんでしょう?だって……上王陛下には健やかに生きてほしいはずだもの」
「……… 」
ジェルヴェースが瞳を伏せた。
まるで強大な獅子の前に陥落した、小兎みたいに。




