19.月の守護者の回想
*****
「……っ…くそ…… 」
零れた言葉は、幾分か粗野な言葉だった。
与えられた自室の扉を固く閉ざし、壁に叩きつけるように拳を下ろした。
どん、と鈍い音がなって、灼けつくような痛みが手のひらを襲う。
知っている。
知っていたのに。
「………俺は、ただの騎士だ… 」
綺麗にかき上げて整えた前髪をぐしゃりと握り込んだ。どんな顔をしているのか、分からなかった。
勘違いするな。
身分を弁えろ。
彼女は、ラーレシアはアレスタントの手が届く星ではない。彼女は夜空に瞬く儚い光で、けれども確かにそこにあって。
でもそれは、地上にいるアレスタントには掴めないものなのだ。
『 ラーレシア、子犬みたいで可愛い 』
『……子犬…? 』
きょとんと目を瞬いた彼女の頬は、びっくりするくらい真っ赤だった。よく熟れた林檎みたいな、そんな色。
照れているような、嬉しそうなその顔が、どうしてか見ていられなくなった。
狭量な自分に、怖気がした。
彼女はリュクラシアを出て、伴侶を見つけて、幸せになっているのだ。
それは、喜ばしいことのはずなのに。
『 …アレスタント』
不意に、記憶に沈んでいた柔らかな声を思い出す。深い闇色の髪は、まるで絹糸みたいで、その人はいつもその髪を下ろしていた。
澄んだ青の瞳には揺蕩うような光が浮かんでいた。
『 ……この子をよろしくね』
リュディーリアの胸元には、まだ小さな幼子が抱かれていた。同じ黒髪に、長いまつげを持つ、愛らしい少女。
アレスタントの、守るべき主。
そのはずだったのに。
いつからだろうか。
身の程知らずな、愚かなことを渇望し始めたのは。
『アレス』
『わたくしは、ただの星だわ。夜空にただいるだけの、星… 』
『…アレスタント 』
その声に、指先に、眼差しに、心を奪われたのは、いつのことだろうか。
寂しい目をした少女だった。
どこか達観した、悲しい青の瞳に目が離せなくなったのは。
「 …リュディーリア様……貴女は、俺をどうしたかったんだ…」
苦しげに、故人を詰るようにそういった。
亡きあの人が、知る訳もないのに。
どうしようもなく、胸が苦しい。




