side.テティリーヌⅡ
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声が、出なかった。掠れたように、音を出そうとしてもそれらは淡い空気となってくちびるから漏れていくだけだった。
「……っ……!?!……!……!!! 」
はくはく、とくちびるを動かして、目の前のマリユスを見上げる。白金色の、生糸みたいな髪を柔らかく耳にかけ直したマリユスは、何でもないことみたいにこてんと首を傾げた。
「 …びっくりした? 」
かつん、とマリユスの長靴が白の大理石をなぞって、不快な音を立てた。
「…っ………!! 」
近づくな、と言ったはずなのに引っつた子猫のような悲鳴のようなものが溢れただけで。
思わず身を引いてしまう。
「 そろそろ効いてきたかな?」
澄んだ膜に覆われた、紫の瞳。白の睫毛がその瞳を覆っている。
「 ……!!」
薬を盛られた、とすぐに分かった。この男が何も手を打たないはずがない。テティリーヌが嫁入りを認めず、騒ぐことを見越して。
この男は、テティリーヌの声を奪ったのだと。
「しばらくの間、大人しくできる? 」
「……!っ!!! 」
思いっきり目の前の男を睨みつけた。憎悪と、殺意を込めて。己の殺意の炎が燃え上がって、この清廉な美貌を焼き尽くすように。
「…… 」
マリユスの瞳から柔らかな慈愛の光が消える。すぅ、と現れたのは冷たい眼差し。女神のような美貌は、まるで彫刻のような冷ややかさを纏っていて。
本能的な恐怖に、ぞくりと肌が粟立った。
「…テティリーヌ 」
それは、神々に下される審判を待つ罪人のような。
「これ以上、私の手を煩わせないで?」
温度を感じないかんばせに、うっすらと笑みがのる。薄いくちびるが、笑みの形を描いてそのまま固まる。
「 君はドゥエンデに嫁ぐ。それ以外は認めない」
「………っ… 」
喉の奥から、ひゅっと怯えたような呼気が漏れた。
恐ろしい男だとは知っていた。女神のような笑みを浮かべて人を蹴落とす男だと。
何度テティリーヌが間者を放っても、毒を盛っても死ななかった男。憎悪を燃やしていた。大嫌いだった。この男のことが。
でも、違う。
この男は、テティリーヌのことなんて相手にしていなかったのだ。
ずっと、ずっと。




