14.エーレンフェストの王妃
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ごうごうと、炎が燃える。
まるで深紅の絹のような鮮やかな炎が、暖炉のなかで燃えていた。
「…ゆっくりしていって頂戴な、ラーレシア 」
その直ぐ側で、木の椅子に腰掛けた美しい女がラーレシアに微笑みかけた。
銀にも見える輝きを纏った白髪に、青みがかった銀の瞳。エーレンフェストの国王に滅ぼされた銀の民とよばれる一族の一人娘であり、現エーレンフェスト王妃ーーーシェーロジァである。
線の細い華奢な身体に、アデルナハトによく似た儚げで美しい顔立ち。陶器のように滑らかな指先は、膝のうえに丸くなった子猫を撫でている。
「こちらの気候には慣れたかしら? 」
「 …はい。朝は冷えますが、馴鹿の毛皮は暖かいですから。」
「 馴鹿…アデルが用意したのかしら?」
王妃はくすりと笑うと、長いまつげを震わせた。
「あの子はとってもいい子でしょう 」
「…はい、とても 」
そういえば、シェーロジァは嬉しそうに頷いた。
「身体はそこまで丈夫ではないのだけれどね。それでも、とっても優しくて賢い素敵な子なのよ。 ……もちろん、貴女も」
悪戯っぽく微笑みかけられて、少しだけ困惑する。
「 …わたくしも、ですか?」
「 ええ、そうよ。ヴォルフに聞いたわ。最近は毎朝ガラクシィアのお世話をしているんでしょう。それから、アデルの執務室に差し入れを届けてくれているって」
「…そんな、それほどのことではありません… 」
褒められた恥ずかしさと、上擦ったような居心地の悪さに、思わず頬が赤らむのが分かった。
「そう?ふふ、わたくしは息子しかいなかったから、可愛らしい女の子が嫁いできてくれてとっても嬉しいのよ。本当はもう少し前に一緒にお話したかったのだけど、アデルが貴女を離さないものだから 」
楽しそうにころころと笑いながら、シェーロジァは灰色の子猫の顎を撫でた。
「ヴォルフガングにはもう会ったのでしょう。レオナードには会った?あの子は今日帰ってきたのよ 」
エーレンフェスト第二王子、レオナード。ラーレシアが嫁いで来る少し前から、暖かな南方で外遊ーーという名のバカンスを楽しんでいるらしかった。
「 いえ…まだお会いしておりません」
「 ふふ、そうよね。また後で会いに行けばいいわ。それとも、こちらまで呼びましょうか?あの子はとっても恥ずかしがりやだから。」
「 …そうなのですか?」
第二王子レオナードといえば、騎馬と槍に長けた戦士で、勇猛果敢、エーレンフェストの子供たちの憧れの的だと聞いたが。
「ええ、そうよ。レオは幼いころから武術ばっかりやってきたせいか、女の子となかなかお喋りする機会がなくて。女の子と会うのが恥ずかしいみたい。なおさら、ラーレシアみたいな可愛い子だとね? 」
「…もったいないお言葉です 」
「もう、ふふっ!気楽にして頂戴な、家族なんですから 」
「 …家族…」
「 ええ、そうよ。」
アデルナハトと同じような言葉を紡いで、それからシェーロジァは柔らかく瞳を細めた。銀河を集めたみたいな銀砂を纏った藍の瞳がラーレシアを捕らえる。
「 リュディーリアはね、わたくしの友人だったの」
「………! 」
その言葉に、思わず目を見開いてしまった。
ラーレシアの記憶のほとんど片隅に、幻のようにある、母リュディーリア。
「 とっても美しくて、優しくて、それから、真っ直ぐな人だった……」
シェーロジァはそこでラーレシアを見つめると、柔らかく目尻を緩めた。
「…よく似ているわ。貴女と、リュディーリアは。 」
自分が、母と似ている。分からなかった。姿絵は、確かにラーレシアと似ている気がした。
このひとから、母の話を聞きたかった。
ラーレシアの知らない、母の話を。
「 ……母の、話を……、聞かせてくださいませんか?」
シェーロジァを見上げた。
柔らかな銀河の瞳に、暖炉の暖かな橙色が反射している。
「…ええ、もちろん 」
シェーロジァは、ただ優しく頷いた。




