13.新たな友人と絶望と
*****
ラーレシアに与えられた馬は、芦毛の美しい牝馬だった。
賢そうな黒の瞳に、灰色と白の毛並み。
そっと手のひらで触れれば、心地よさそうに鼻を鳴らした。
「 …素敵な馬ですね」
「 君もそう思う?この子は穏やかで、優しい女の子だよ。だから、気が合うんじゃないかな」
アデルナハトは悪戯っぽく小首を傾げながら笑うと、ラーレシアを見つめて目を細めた。
「 名前はどうするの?」
「 …名前?」
「うん、そう。名前。エーレンフェストでは騎手が名前をつけるのが当たり前なんだ 」
アデルナハトの説明を聞きながら、そっと目の前の馬を見上げる。名前、と急に言われても、ぱっと思いつくものではない。
ラーレシアが考え込んでしまったからか、アデルナハトは少しだけ小首を傾げると、ラーレシアの指先をそっと掬った。
「もう少し先でも、ゆっくり考えていいんだよ。この子もゆっくりでいいよって、そう言ってる 」
冗談めかして馬を見上げ、それからラーレシアを見て目を細めた。青い銀河が、渦巻くように煌めいて、吸い込まれそうになる。その、美しい藍に。
「 ……ガラクシィア…」
不意に、そう口をついて出た。この馬に、美しい名前をつけたいと思った。美しい馬だったから。
このひとの、アデルナハトの瞳ほど美しいものを知らなかった。澄んだ青。泣きたくなるほどに汚れを知らない青に、銀砂のような星々の虹彩が散ったそれは、まるで銀河のようで。
「 ガラクシィア…素敵な名前だね」
アデルナハトはきょとんと目を瞬いて、その後すぐに静かに微笑んだ。
「…いえ、その…… 」
暖かな眼差しに、思わず頬が赤らむのがわかる。慌てて視線を馬に向け、尋ねるように瞳をゆらす。
「 この子が気に入ってくれると、嬉しいのですが…」
馬ーーガラクシィアはおっとりと首を傾げるように頭を回すと、それからふすんと鼻を鳴らした。アデルナハトがラーレシアの横でころころと笑う。
「気に入ったみたいだねーーーよかったね、ガラクシィア 」
「…よろしくお願いします、ガラクシィア…… 」
恐る恐る、ガラクシィアに手を伸ばす。そっと触れてなでれば、暖かな毛並みが心地よくて、思わず目を細めた。
*****
「 …は…?」
テティリーヌは、目の前の男ーーー女神も羨むばかりの清廉な美貌に、穏やかな笑みを乗せた男ーーーマリユスを見上げて、思わずぽかんとくちびるを開いた。
「わたくしが、結婚? 」
何を言っているのか全く分からなかった。理解ができない。脳が理解するのを拒んでいた。全身が警鐘を鳴らすように粟立ち、視界が血で紅く滲んだような錯覚に陥る。
「そう。結婚」
マリユスは澄んだ紫水晶の瞳を細めると、細い指先を顎に添えて笑う。
「テティリーヌももう二十歳だろう。父上が、嫁に出してやらないと可哀想だと仰ってね。よかったね、テティリーヌ。」
「 …へい、かが……?」
信じられなくて、目の前が真っ赤に染まる。
期待されていると思っていた。
次期王として。
目をかけられていると。
そう、思っていたのに。
「 …嘘よ…」
掠れた声は、自分のものとは思えなかった。
「…嘘に決まってる…!結婚なんて、結婚なんてしないわ!!わたくしは、わたくしは、陛下の子なのよ!!?嫁いだりなんてしない!! 」
「嘘ではないよ。陛下のご命令だ、テティリーヌ」
「 …っ…!!違う!!!陛下は…陛下は…っ…期待してくださっているもの…っ!!テティリーヌは王になるって……!そう!おっしゃったもの!!!」
「…テティリーヌ 」
どこか憐れむような、マリユスの紫の瞳に、無性に腹が立って。
「 あんたが…!!あんたが、陛下に要らぬことを言ったんでしょう、マリユスっ!!?あんたなんて大嫌いよ!!殺してやる…!殺してやるわよ!!!?」
「 私を殺しても、君に何も得はない。陛下は私の死を気にしないだろうから」
マリユスは儚く微笑んだ。柔らかく、女神のように美しい微笑。
「…テティリーヌ。君はドゥエンデ王国のオルニエフ国王に嫁ぐ。決定したことだよ 」
「ドゥエンデですって……? 」
ドゥエンデなんて、島国の魚臭い田舎町ではないか。目眩がするほどの怒りと、怒りを感じなければ立っていられないほどの絶望に、視界が回る。
「 …嫌よ…っ…、絶対に認めない…っ…わたくしは…っ……陛下にーーーっ」
「…テティリーヌ…… 」
「陛下を、説得してくるわ…っ……認めてくださるわ…だって、わたくしは、テティリーヌですもの …伯爵家の娘よ…?こんなわたくしを、他所へ嫁がせるなんて、そんなことーーー」
「 テティリーヌ」
優しく制止しようと腕をつかんできたマリユスの細い指先を強く振り払って、そのまま華奢な体を精一杯押した。ぐらり、とマリユスの身体がかしいで、頭を強く壁に打ち付けたようだった。
「 …っ……!あはははっ…!!!無様ね、マリユスっ!!!」
「……テティリーヌ… 」
ふらり、と壁に手をつきながら身を起こしたマリユスが、困ったように、少しだけ怪しく笑った。
「…君は、困った子だね 」
「 ………え……?」
背筋に冷たいものが走る。何かわからない。まるで、恐ろしい何かを予感するみたいな。




