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12.穏やかな日常

******


エーレンフェストでの生活は驚くほどにーーー平和だった。



「 ラーレシア、見てご覧」



アデルナハトが無邪気な笑みでラーレシアの手を引く。

エーレンフェストの首都アラド=ルグに位置する白亜の宮殿。しんしんと舞い落ちる雪の中で、アデルナハトが天使のように愛らしい笑みを浮かべて、雪のなかに無垢に咲く白百合を指差した。



「 百合が咲いているよ」


「 ……ええ……、綺麗です」



何かを求められているように思ったのに、結局無難な回答だけを返してしまう。


アデルナハトの生糸のような銀髪のうえに、雪が落ちる。長いまつげのうえには雪が舞って、あまりに美しい。



「寒くない?ちゃんと上衣は着た? 」



それから一転、心配そうな顔になると、ラーレシアの頬を包み毛皮の上衣を確認するように撫でる。



「 …ええ、着ております。アデル殿下」



わずかに、目を眇める。この王子は毎日のようにラーレシアを連れて、この美しい庭園を散策するのを日課としているようだった。

第三王子である彼が、隣国からの花嫁に割く時間などほとんど無いはずなのに、時間を捻出してくれているのだろうと察する。


少し離れた場所には、アレスタントとアンリエッタが控えめに付いてきている。



「……ふふ、鼻が赤い 」



ほとんど背丈の変わらない身長で、アデルナハトがラーレシアの鼻先をつん、とつついた。



「 ……殿下も赤いですよ」



そう言えば、アデルナハトは楽しげに笑う。


知らなかった。


まるで、夢を見ているみたいな。

こんな、幸福は。


*****


白亜の宮殿の硝子窓からは、美しい雪に染まった街の景色が見える。アデルナハトと別れたラーレシアは足早にその廊下を歩きーーー目の前に現れた人影に、静かに腰を折る。



「 …ヴォルフガング殿下」


「 おお、ラーレシアか?」



ヴォルフガング=デュ=エーレンフェスト。エーレンフェストの第一王子であり、ラーレシアの義兄となるだろうその人は、精悍な顔立ちに人の良さそうな笑みを浮かべた。

炎のような紅蓮に猛る赤毛に、海のような青の瞳。雄々しい顔立ちは獅子のように美しく、人の目を惹きつける。



「今日もアデルと庭で散歩か? 」


「…はい 」


「そうか。アデルは可愛い婚約者殿にぞっこんらしい 」



ヴォルフガングは楽しげに笑い、ラーレシアの肩を優しく叩くと青い目を細める。



「エーレンフェストには馴染めたか? 」



どう答えるのが正しいのか分からなくて、思わず言葉に詰まる。馴染めた、というにはラーレシアにはこの家族は未知の存在だった。温かく、垣根がない。気安いのに、それがなぜか不快ではなくて。



「 …まあ、すぐに馴染むさ」



ヴォルフガングは小さくくちびるに笑みを浮かべ、気にするなと言わんばかりにラーレシアの頭に手を置いた。


何をしているのか分からなかった。温かく、大きな手のひら。アデルナハトに似ていると、少しだけ錯覚する。



「 お前は俺の初めての妹だ。何か困ったことがあれば、すぐに言え」



優しく頭を撫でられた。それは、初めての感覚だった。温かくて、優しくて、抗えない。



「……はい 」



ただそう、返事を返すことしかできなかった。



「…?兄上…! 」



アデルナハトの声が聞こえた。こちらに駆け寄ってくる、軽い足音。



「 おお、アデル」



ヴォルフガングはにやり、と笑い、アデルナハトの頭を優しく撫でた。



「兄上がラーレシアといらっしゃったなんて… 」


「 はっ、どうやら妬いているらしい 」



ヴォルフガングはラーレシアを見下ろすと、いたずらっぽく片目を瞑った。

軽口のようなやり取りは、どう答えればいいかわからないから困惑する。



「 …ラーレシア、暇?」



アデルナハトが兄を困ったように見上げ、それから諦めた様子でラーレシアを優しく見つめる。



「はい…。その、何か…? 」


「エーレンフェストが騎馬の国だってことは知っているでしょう? 」



アデルナハトはラーレシアを見つめて、こてんと小首をかしげる。



「ええ。 騎馬に優れた国だと聞いております。」


「そう。それで父上がラーレシアにも馬を用意してやれ、ってお命じになられたんだ。だから、ラーレシアに丁度いい馬を厩舎に探しに行こうと思って。どうかな? 」



手のひらを優しく絡めるように繋がれて、困惑する。アデルナハトの手のひらは華奢で、そのくせ大きくて温かかった。



「 …はい、ぜひ」



無難に返せば、アデルナハトは嬉しそうにはにかむ。銀河のような煌めきを宿した青銀の瞳が瞬き、楽しそうに輝く。



「 じゃあ、行こう!」



****


騎馬の国、というだけあって厩舎の規模も相当なものだ。雪に覆われた屋根の中へ入れば、数多の馬が並んでいる。



「ここはエーレンフェストの騎馬兵の相棒である馬の厩舎だね。その奥が種馬…っていって、質のいい馬を集めて繁殖させているところ。それで、あっちが子馬を育てている方だね。 」



アデルナハトは勝手知ったる様子でラーレシアの手を引いて歩きながら、説明をしてくれる。



「ここだよ。ここが王室のための馬を飼っているーー王室厩舎だ。」


「 …王室厩舎…」


「 そう。王家の子供たちは、ある程度大きくなったら自分の馬を授かるんだ。相棒みたいなものだね」



アデルナハトはある馬の前で足を止める。アデルナハトの白銀の髪と同じような、純白の毛並みの馬。黒黒と澄んだ瞳はどこか知的で、アデルナハトを見つけると嬉しそうに鼻を鳴らした。



「…ピロ。僕の馬だよ 」



アデルナハトは手を伸ばして、ピロ、と名付けられた馬の鼻を優しくくすぐった。



「 この子は僕には勿体ないくらい、立派な馬なんだ。地を駆けるのも速いし、物怖じしない。戦士のような馬だ」


「…… 」



ラーレシアが静かに相槌を打つように頷けば、アデルナハトは長いまつ毛を伏せて、小さくくちびるに笑みを浮かべた。



「 …僕はね、この子に乗れないんだ」



ぽつり、と零された言葉に、ラーレシアは思わず顔を上げる。馬をなでるアデルナハトの手つきは優しく、けれどもアデルナハトの横顔はどこかさみしげだった。



「 あのね。僕は幼い頃に、心の臓の手術をしてる。走るのだって得意じゃないし、少し遠乗りでもしようものなら、息が切れて数日は寝込んでしまう。」



華奢な手のひらを翳し、それから困ったように眉を下げて笑う。



「 がっかりした?」



なんと返せばいいのか分からなくて、言葉に詰まる。



「 …それは……そんなことは、ありません。」



ラーレシアの答えに、アデルナハトは銀河を余すことなく集めたみたいな綺麗な瞳を細め、静かに微笑む。



「ラーレシアは優しいね」


「…… 」


「さあ、行こう 」



ぎゅっと手を握られて、そのまま優しく促すように手を引かれる。


その暖かな体温に、ただ何も言えなくなった。

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