11.王子様の回想と狂人
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エーレンフェストに嫁いでくる姫君。大国リュクラシアの第八王女ラーレシア。
アデルナハトに贈られてきた手紙と姿絵だけが、彼女を知る唯一の手立てだった。
宵闇を切り抜いたみたいな、艷やかな黒髪。
星明かりを受けてやにわに輝く夜空のような、紺色に滲む青の瞳。
清廉な美貌は、澄んでいて目を引きつけた。
手紙に綴られた文字は、流麗ながらどこか真面目で、彼女の実直な誠実さを感じさせた。
どんな姫君でも、愛そうと誓っていた。
アデルナハトに嫁いできてくれた姫君なのだから。
初めて見た彼女は、姿絵よりもずっと美しくて、自身の容姿を少しだけ恥じた。
兄王子たちのように隆々とした逞しい筋肉も上背も無く。室内にこもっているせいで色白の頬にも。薄く華奢で、おおよそ男らしいとは言えない身体にも。
ラーレシアは、エーレンフェスト式の衣装を身に纏い、美しい黒髪を緩く結っていた。
こちらを見つめる藍色の瞳は、姿絵よりももっとずっと綺麗だった。
くちびるに浮かんだ微笑みは、どこか歪で、緊張しているのかと気を揉んだ。
そのせいで、彼女を苦しめるような質問を投げかけてしまったのだから、最低だ。
『ーー家族の話を聞かせて 』
後から酷く後悔した。彼女の母は亡くなっているのだという。彼女の兄の話も父の話だってひと言だってでなかった。
それだけで、彼女と彼らの関係が望ましいものではなかったことなんて容易に推測ができた。
『 ーー申し訳ありません。あまり、思い出せなくて』
俯いてしまったラーレシアに、己の軽率さを呪った。
こんなことを言わせるつもりではなかった。
馬鹿だ。本当に。
冷たくなってしまった手のひらを慌てて握った。星の輝きのように、穢れのない白さを纏った指先を額に押し戴いて。
彼女に、もうあんな顔をさせてはいけない。
そう誓った。
空を見上げれば、赤く燃え上がった太陽が、煌々と光を放っている。その隙間からのぞく薄闇に、アデルナハトは目を細める。
彼女の名を冠する星スティラを探すみたいに。
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黒い質素な服を纏った女が、血のような真っ赤な夕暮れに立ちすくんでいた。
「 ーーああ、応えて頂戴な」
女は空に手を伸ばして、気でも狂ったようにくるくると回る。
「 星の女神の名のもとにーー教えて頂戴!早く!!お母様の言うことが聞けないの!?」
やってきた暗闇が、辺りを薄く覆っていく。
女は益々苛立たしげに、白髪交じりの金髪をかき混ぜた。がしがしと掻くように強く混ぜると、その拍子に何本かの毛が抜けて落ちる。
「早くぅ!!応えて頂戴!!せめてお母様のお役に立って!!! 」
初めてそこで、暗闇から震えるように小さな輝きが閃いた。
女は薄紅の瞳を大きく見開くと、開ききった瞳孔に歓喜を乗せて笑う。
「 あぁ、そう!!そこに居るのね!!!うふふ、ふふふっ!!!」
黒い服が、暗闇と混じって、境目がわからないほどに溶けていく。
「ーーお母様がちゃあんと貴女を女王さまにしてあげるから…待っててぇ!!!」
叫び声が木霊し、闇が辺りを覆った。
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区切りがいいため、短くなりました、、、




