第20話 黒歴史の創造と、いざ文化祭前日!
第20話 黒歴史の創造と、いざ文化祭前日!
文化祭まで、残り三日。
放課後の天文部室は、塗料の匂いと段ボールの切れ端、そして得体の知れない熱気に包まれていた。
「あかりん!見て見て!入り口に立てる看板のデザイン、できたよ!」
絵の具まみれになった星野キキが、ドヤ顔で一枚の大きなベニヤ板を掲げた。
そこには、暗黒の背景に目と口だけが異様に光る謎の生命体(おそらく星屑のメイドのつもり)が、不気味な笑みを浮かべてこちらを見つめている絵が描かれていた。
「、、、キキ。これ、お客さんを呼ぶ看板じゃなくて、完全に呪いのビデオのパッケージだよ。見たら一週間後に不幸になりそう」
小日向あかりは、筆を持ったまま引きつった笑顔でツッコミを入れた。
「ええー!?宇宙の神秘とメイドの可愛さを絶妙にミックスした最高傑作なのに!」
「神秘じゃなくて怪奇だよ。。。貸して。上から百円ショップで買ってきた星型のシールを大量に貼ってなんとかポップに誤魔化すから」
あかりはキキからベニヤ板を奪い取り、必死の修正作業に入った。
予算3円の天文部において、失敗して材料を買い直す余裕など1円たりとも存在しないのだ。すべて一発勝負である。
一方、部室の隅の長机では、深月あおい(2年)が持ち込んだノートパソコンに向かい鬼気迫る表情でキーボードを叩き続けていた。
カタカタカタッ、ターン!と、やけに力強いエンターキーの音が響く。
「あおい先輩、展示用の写真のキャプション(解説文)、進んでますか?」
あかりがシールの台紙を剥がしながら声をかけると、あおいは眼鏡をくいっと押し上げ、自信満々に画面を指差した。
「、、、完璧。我ながら、天体観測の真髄を突いた見事な仕上がりだ」
画面を覗き込んだあかりとキキは絶句した。
そこには、あの『大あくびをしている三毛猫の超高画質写真』と共に、こんな明朝体のテキストが添えられていた。
『大質量ブラックホールの産声 〜事象の地平線を越えて〜』
(解説:すべてを吸い込む絶対的な漆黒の顎。観測者は、この深淵を覗き込んだ瞬間、もはや元の時空へと帰還することは許されないのである――)
「、、、先輩」
あかりは、震える声で言った。
「たしかに私が『強引に宇宙と結びつけよう』と提案しましたけど、、、まさかここまでガチの厨二病ポエムを錬成するとは思っていませんでした、、、」
「、、、しっ。ポエムじゃない、真理だ。いいか、これはブラックホールだ。誰がなんと言おうと事象の地平線なんだ。芸術の前では、元画像が近所の三毛猫だという事実は些細な問題にすぎない」
あおいは真顔で言い切った。
さらに画面をスクロールすると、『丸まって眠る野良猫』の写真には『三色星雲の膨張〜ビッグバン直前の息吹〜』というさらに重症化した解説文が添えられている。
「あおい先輩、意外とポエムの才能あるね!私、このブラックホールに吸い込まれたくなってきた!」
キキはなぜか大絶賛だが、あかりは「文化祭が終わった後、先輩がこれを黒歴史として封印したくならないか心配、、、」と、言い出しっぺとしての責任を感じて頭を抱えた。
「二人ともぉ、ちょっとこっち見てごらんよぉ」
部屋の奥から、のんびりとした声がした。
振り返ると、そこには真っ白なシーツ(油性ペンで手描きの星マークが散りばめられている)を頭からすっぽりと被った、夏目みどり部長(3年)の姿があった。
薄暗い部室の隅で机の上に置かれた『中国製の偽隕石』を、両手で怪しげに撫で回している。
「、、、迷える子羊よぉ。あなたの悩み、この『宇宙の石』がすべて導いてくれるよぉ、、、」
「ぶははは、ぶ、部長!胡散臭さがカンストしてます!完全に路地裏のヤバい占い師です!」
キキが大爆笑しながら指を差す。
「ふふふ。でもぉ、これくらいインパクトがないとお客さんの足は止まらないでしょぉ?本番では部屋を真っ暗にして、私の足元だけ懐中電灯で照らす予定だよぉ」
みどりはシーツを被ったまま、てへっと笑った。
呪いの看板、厨二病ポエムが添えられた猫の写真、そして偽隕石を撫でる胡散臭いシーツの占い師。
これが予算ゼロ、残高3円の天文部が辿り着いた文化祭の最終形態だった。
「、、、大丈夫かな、これ。本当に」
あかりは一抹の不安を抱えながらも、ひたすら看板に星のシールを貼り続けた。
――そしてついに文化祭前日の夕方。
全校生徒が下校し、静まり返った校舎。
天文部の部室は、完全なる『異空間』へと変貌を遂げていた。
窓という窓は分厚い遮光カーテンで完全に閉ざされ、光が遮断されている。
部屋の中央に設置されたモニターには、あおいが撮影した『宇宙(という名の猫)』の超高画質写真が幻想的なスライドショーとして静かに流れている。
部屋の奥には、黒い布(家庭科室からの借り物)がかけられた机と、シーツを被った部長が座る『星空お悩み相談所』のスペース。
そして入り口の待合席には、キキが持参した紙コップと、良い香りを漂わせるハーブティーのポットが並べられていた。
「、、、すごい」
入り口から部屋を見渡したあかりが、感嘆の声を漏らした。
「お金1円もかけてないのに、、、なんかすごく『それっぽく』なってる」
「でしょ!?私たちの血と汗と涙の結晶だよ!」
キキが、制服の上にフリルのエプロンを着けた姿でピースサインを作る。
「、、、写真のポエムも暗闇で見ると妙に説得力がある。私の魂は無駄にならなかった」
あおいも、モニターに映し出される『大質量ブラックホール(あくび)』を満足げに見上げている。
その時だった。
コンコン、と。
重たい引き戸がノックされ、ゆっくりと開いた。
廊下の光を背にして立っていたのは、銀縁眼鏡を冷たく光らせた生徒会会計・佐条ユキノ(2年)だった。
手には、あの恐ろしいバインダーがしっかりと握られている。
「、、、明日の本番を前に、最終監査に参りました。予算ゼロという条件下で、あなたたちがどれほど無様な、、、」
言いかけたユキノの言葉が、ピタリと止まった。
暗闇に浮かび上がる幻想的なモニターの光。漂うハーブティーの香り。そして、謎の静寂に包まれたスピリチュアルな空間。
「あらぁ、ユキノちゃん。ようこそ、星と宇宙の神秘の空間へぇ」
部屋の奥から、シーツを被ったみどりが、胡散臭さ満点で声をかけた。
ユキノは目を瞬かせ、ゆっくりと部屋の中を見回した。そして、モニターに映し出された『猫の肉球のドアップ』と、そこに添えられた『未知なる重力波の観測』という厨二病全開のキャプションを、無言で見つめた。
「、、、」
「、、、」
張り詰めた緊張感があかりたちを包む。
果たして、この『利益率100%の泥臭い錬金術』は、鬼の会計の審査を通過できるのか。
天文部の存続を賭けた文化祭本番が、いよいよ幕を開けようとしていた。




