第19話 残高3円の作戦会議(あるいは錬金術)
第19話 残高3円の作戦会議(あるいは泥臭い錬金術)
「、、、3円」
放課後の部室。長机の中央にぽつんと置かれた三枚の1円玉。
西日に照らされたその硬貨はあまりにも無力で、残酷な現実を物語っていた。
この部室にある全財産。うまい棒すら買えない、完全なる経済的敗北の象徴である。
「私の、、、私の星屑のメイド服が、、、究極のメニュー『虚無(ただの水道水)』が、、、宇宙の真理が、、、」
星野キキが机に突っ伏し、うわ言のように呪詛を吐き続けている。
先ほどまで蛍光ペンで色鮮やかに描かれていた『ギャラクシー・プラネタリウム・カフェ』の完成予想図(暗闇の中でお客さんの耳元に囁きかけるメイドたちが描かれた少しホラーで宗教チックなスケッチ)は、彼女の悔し涙で滲み、本物の抽象画へと変貌しつつあった。
「泣いてもお金は増えない。現実を見ろキキ、、、それに水道水は無料」
深月あおい(2年)が、窓際から冷ややかな声で言い放つ。彼女の膝の上には天文部の予算(25万円)の大半を吸い込んだ元凶である、超高級望遠レンズが大事そうに抱えられている。
「あおい先輩がそれを売ってくれれば、メイド服どころか本物のプラネタリウムドームが買えるんですけど!?」
キキが涙目で抗議し、あおいの膝の上のレンズに縋り付こうとする。
しかし、あおいはサッと身を躱しレンズを胸の奥深くに抱き込んだ。
「、、、無理。これは私の魂。売るくらいなら部室の窓から飛び降りる。それに、一度開封した精密機器は中古買取だと買い叩かれる。損失が大きすぎる」
「無駄に現実的な言い訳しないでくださいよ!じゃあ部長!そのドアストッパーにしてる詐欺の石ころをフリマアプリで売りましょうよ!『宇宙パワー入り(※ただし中国製)』って書けば、ワンチャン騙される人がいるかもしれないし!」
「えーっ、ダメだよぉ。これは私たちのインスピレーションの源なんだからぁ」
夏目みどり部長(3年)は、相変わらずニコニコしながら紙コップの麦茶をすすっている。
「それにぃ、偽物だとバレたら今度こそ生徒会に『詐欺の片棒を担いだ』って理由で、即日廃部になっちゃうよぉ。リスクが高すぎるねぇ」
「うう、、、じゃあどうするんですか!予算ゼロ、残高3円で、どうやって文化祭でお金を稼げっていうんですか!3円じゃ、もやしも買えませんよ!」
キキが頭を抱えて絶叫する。
その横で、ずっと黙って腕を組んでいた小日向あかりは、絶望の淵で言い争う先輩と同級生を見つめながら、冷静に部室の中を見回していた。
予算はない。機材を買うお金もない。
けれど、何もないわけじゃない。
「、、、あの、先輩。キキ。お金がないなら、『すでにあるもの』を使うしかないんじゃないでしょうか」
あかりの静かな声に、三人の視線が集まった。
「すでにあるもの?」
キキが涙を拭いながら首を傾げる。
「うん。。。考えてみて。私たちの部室には、暗幕の代わりになる『分厚い遮光カーテン』があるよね。それから、部長が家から持ってきてくれた『麦茶』のパック。そして……」
あかりの視線が、あおいの手元に向けられた。
「、、、あおい先輩が、その超高級レンズで撮り溜めた『100枚以上の超高画質な写真データ』です」
「、、、嫌な予感がする。私の魂をどうする気だ」
あおいが警戒度をマックスにしてレンズを隠す。あかりは苦笑しながら両手を振った。
「売り飛ばしたりはしませんよ!機材じゃなくて、『写真』を使うんです。名付けて、『ねこ天体写真展 & 星空お悩み相談所』!」
「、、、はい?」
あおいが怪訝な顔をする。あかりはキキのスケッチブックの真っ白な裏ページを開き、サインペンでスラスラと配置図を書き始めた。
「まず、部室の遮光カーテンを閉め切って、部屋を真っ暗にします。そこで、部長のノートパソコンと、学校から借りられるモニターを使って、あおい先輩の写真をスライドショーで流すんです。暗闇の中に浮かび上がる写真、、、ちょっとプラネタリウムっぽくないですか?」
「でもあかりん、あおい先輩の写真って全部『猫』だよ? 天文部なのに猫の写真を飾ったら、またあの鬼の会計先輩に『私物化だ!』って怒られない?」
キキの的確なツッコミに、あかりはニヤリと笑った。
「だから、『こじつけ』るんです。強引に宇宙と結びつけるの。例えば、あおい先輩。この『あくびをしてる三毛猫の写真』、天体っぽくタイトルを付けるとしたら?」
話を振られたあおいは、少しの間考え込み、やがて真顔で答えた。
「、、、『大質量ブラックホールの産声〜事象の地平線を越えて〜』」
「それです!」
あかりが指を鳴らす。
「この日向ぼっこしてる猫の群れは『プレアデス星団』! 肉球のドアップは『火星の表面』!それっぽい写真を選んで、その横にそれっぽいポエム調の解説文を添えれば、立派な『天体観測のインスピレーション展示』と言い張れます!」
「、、、なるほど。完全な詐称だけど、、、芸術と言い張れば、あの佐条ユキノも無下にはできないかもしれない。私の猫写真がついに日の目を見る、、、」
あおいが感心したように顎に手を当て、少しだけ目を輝かせた。
「そして、ただの展示じゃお金は取れません。そこで『星空お悩み相談所』の出番です」
あかりは、机の上の『詐欺の隕石』を指さした。
「真っ暗な部屋の奥で、部長が怪しげなローブ(家にあるシーツでOK)を被って、この隕石を水晶玉みたいに撫でながらお客さんの悩みを聞くんです!『星の巡りによると〜』とか『宇宙のパワーが〜』とか適当なことを言って!」
「おおーっ!それ!私がやりたかった『宇宙の真理を囁くスピリチュアル・カフェ』の完全上位互換!部長ならできそう!!胡散臭さと適当さなら全校トップクラスだもんね!!」
「キキちゃん、それは褒めてないよぉ」
みどりが苦笑いするが、その目はまんざらでもなさそうだ。むしろ、隕石を撫でる手が少しウキウキしている。
「待ってあかりん!メイド服はどうするの!?私の星屑のメイドは!?」
「待合席にカフェスペースを作ろう。予算3円は使えないけど、家から持ってきた紙コップとティーパックで『星屑のハーブティー(ただの紅茶)』を無料で振る舞うの。メイド服はないけど、制服に可愛いエプロンをつければそれっぽくなるよ。キキ、エプロン持ってるよね?」
「持ってる!フリフリのやつ持ってる!」
キキの目に、完全に希望の光が戻った。
「これなら原価は実質ゼロ!全部自分たちの家から持ち寄るか、学校の備品でまかなえる!あかりん、マジで天才かも!」
「、、、まぁ、悪くない。文化祭の出し物としては体裁が保てるし、あの生徒会も『利益率100%(原価ゼロ)』なら文句のつけようがないだろ」
あおいも、ようやく微かに口角を上げた。
「よーし!そうと決まれば、さっそく準備開始だよぉ!」
みどり部長がパンと手を叩き、全員を見渡した。
「キキちゃんとあかりちゃんは、教室の飾り付けの構想とお客さんを呼ぶための看板作り!あおいちゃんは、猫の写真選びと『それっぽい宇宙のタイトルとポエム』をつける作業!私は、占いのそれっぽいセリフを考えるねぇ!」
「「「はいっ!!」」」
部室に熱気が戻った。
予算ゼロ、残高3円。
絶望的な状況から絞り出した、あまりにも泥臭く、しかし高校生らしい「錬金術」。
机の上に残された三枚の1円玉は、もはや絶望の象徴ではない。彼女たちが這い上がっていくためのスタート地点の目印だった。
果たして、彼女たちのこの苦肉の策は文化祭本番で吉と出るか凶と出るか。
そして、鬼の生徒会会計・ユキノの厳しい監査を無事に乗り切ることができるのか。
波乱に満ちた文化祭へのカウントダウンが、今、静かに始まっていた。




