第18話 残高3円と、鬼の会計監査
第18話 残高3円と、呆れ顔の会計監査
九月。二学期の始まり。
放課後の旧校舎三階、一番奥にある日当たりの悪い天文部の部室。年季の入った扇風機が首を振り、生ぬるい風をかき混ぜている。
「じゃじゃーん!見てよあかりん!徹夜で考えた文化祭の出し物、『ギャラクシー・プラネタリウム・カフェ』の完成予想図!」
星野キキが、ドヤ顔でスケッチブックを机に叩きつけた。蛍光ペンで塗られた極彩色の空間。中央の謎の黒い球体の周りを、フリフリのエプロン姿の女の子たちが飛んでいる。
「、、、キキちゃん。これ、宇宙人にアブダクションされてる牛に見えるんだけど」
小日向あかりは、そっと目を逸らした。
「失礼な!中央のが手作りの『超高性能プラネタリウム投影機』!私たちが『星屑のメイド』としてもてなす完璧なコンセプトなの!メニューは『虚無(ただの水道水)』のみ! プラネタリウムの暗闇の中で、私たちが『宇宙の真理』をお客さんの耳元で囁き続ける、新感覚のスピリチュアル・カフェ!!」
「、、、カフェじゃなくてただの怪しい宗教施設。原価ゼロでボロ儲けしようとするな。暗闇で耳元で囁くとか恐怖でしかない。生徒会より先に風紀委員に潰される」
窓際で愛用のカメラレンズを磨いていた深月あおいが、顔も上げずに冷徹なツッコミを入れた。
「まぁまぁ、二人とも元気でいいじゃないのぉ」
夏目みどり部長が、麦茶を紙コップに注ぎながら微笑む。
「文化祭は学生最大のイベントだからねぇ。でも、そういう大掛かりな出し物をするには、どうしても『アレ』が必要だよねぇ」
「そう!ズバリ予算です!」
キキが手を挙げた。
「ドーム用の段ボールと模造紙!投影機材!そしてメイド服の布代!これを揃えるには、生徒会から『文化祭特別予算』を引っ張ってくるしかないんです!」
「、、、合宿でも自腹やサービスで乗り切ったもんね。生徒会も少しくらい予算回してくれるよね、あかりん」
「うん。あんな過酷な思いをしたんだし」
あかりは、あの「残高3円」が発覚した合宿の朝を思い出した。あの時は絶望したが、よく考えればあれは「一学期の部費を計画的に使い切った結果」だ。二学期になり文化祭という正当な名目があれば新たな予算が降りるはず。あかりとキキが希望に胸を膨らませていた、その時だった。
ガラッ。
重たい引き戸が乱暴に開いた。入り口に立っていたのは一人の女子生徒。完璧な着こなしの制服に銀縁眼鏡。左腕に『生徒会』の腕章が光り、脇には分厚いバインダー、右手には大型電卓を抱えている。
「、、、相変わらず、生産性のない二酸化炭素だけを排出する空間ですね。夏目先輩、深月さん」
呆れ果てたような声が部室に響く。
生徒会会計、佐条ユキノ(2年)。あおいの同級生であり、校内の予算の無駄遣いを決して許さない堅物だ。彼女の厳格な監査によって涙を呑んだ部活は数知れず、『歩くギロチン』と恐れられている。
「あらぁ、ユキノちゃん。いらっしゃい。ちょうど麦茶を淹れたところなんだけどぉ」
みどりはいつもと変わらない笑顔で紙コップを差し出した。
ユキノは中指で眼鏡のブリッジを押し上げ、深呼吸をしてから口を開く。
「結構です。本日は放課後のお茶会に来たわけではありません。生徒会では各部活動からの『文化祭特別予算申請』を受理し、妥当性を厳格に審査しています。本日は天文部の『一学期の会計状況』の事前監査に参りました」
監査。1年生の二人はビクッと背筋を伸ばした。
「か、監査って、、、部費の使い道をチェックするってことですか?」
「ええ。過去の予算を正しく有意義に使用できている部活にのみ追加予算は配分されます」
ユキノは部室に上がり込むと、バインダーを開き机にドサッと置いた。そこには天文部の出納帳やレシートの束が几帳面にファイリングされている。
「さて。まずは現在の天文部の部費残高ですが、、、」
電卓を叩く音が処刑のカウントダウンのように響く。
「、、、見事なものです。現在の残高、わずか『3円』」
「あはは、、、知ってます」
キキが愛想笑いをした。
「夏合宿の時に使い切っちゃったんですよねー。でも合宿という正当なイベントで綺麗に使い切ったってことですから!無駄遣いはしてません!」
「、、、はぁ」
ユキノは今日一番の深いため息をつき、こめかみを強く揉んだ。
「星野さん。あなた、今なんと言いましたか?」
「え?合宿で使い切った、って、、、」
「、、、呆れました。1年生のお二人は本当に何も知らされていなかったのですね」
ユキノはページをめくった。
「夏合宿に出発する前の時点で、天文部の予算はすでに『3円』しか残っていませんでしたよ」
「「、、、えっ?」」
あかりとキキの声がハモった。合宿に行く前で予算が壊滅?じゃああの交通費や宿泊費はどうやって?
「あなたたちの合宿は、ソファの裏の小銭と全額自腹によって強行された貧乏旅行です。今年度支給された部費『25万円』は、一学期の5月から6月にかけて跡形もなく消え去っていたのですよ」
ユキノの冷たい視線が部屋の奥へ向けられた。カメラのメンテナンスに異常な集中力を見せ始めたあおいと、ニコニコと麦茶をすするみどり。
「この部の予算の大半を食いつぶした元凶は、、、そこの上級生お二人です。まずは深月さん」
ユキノは異常に長いレシートを引き抜いた。
「5月20日。『観測用特別備品』として申請された『超望遠レンズ・手ブレ補正機能付き』。、、、お値段、14万8千円」
「じゅ、、、じゅうよんまん!?」
「、、、天体観測には高解像度のレンズが必須。星の瞬きを記録に残すためには不可欠。正当な経費」
あおいはカメラから目を離さず淡々と弁明した。
「ほう。星の瞬き、ですか」
ユキノは鼻で笑うと、数枚のカラー写真を取り出し並べた。
「先日『活動報告書の資料』として提出された画像データは何ですか?」
そこに写っていたのは『あくびをする三毛猫』『日向ぼっこする野良猫』『肉球のドアップ』。見渡す限り、猫であった。
「データ100枚中、星空が1枚もないようですが?新種の星座ですか?」
「、、、夜行性の生き物を撮ることで暗所撮影のテストをしただけ。流星群の撮影シミュレーションに繋がる」
「えっ、じゃあこの肉球のドアップは?」
横からキキが純粋な疑問をぶつける。
「、、、毛並みの解像度とノイズ耐性の確認。。。。。うるさい、キキ」
「自覚があるなら結構です。天体観測と称した、完全な趣味の私物化です」
ユキノはバッサリと切り捨てた。あおいは言葉に詰まり「、、、ちっ」と舌打ちをしてそっぽを向いた。
「次。夏目先輩」
ユキノの矛先は次なる獲物へ。
「6月15日。『研究用インスピレーション機材』として申請された『本物の隕石』。。。お値段、10万1千円」
「じゅうまん!?い、隕石!?」
あかりは耳を疑った。
「だってぇ、ユキノちゃん」
みどり部長はふんわりと笑った。
「宇宙の広大なロマンを感じるためには、本物の星の欠片に触れないとダメだと思ったんだよぉ。事実、これのおかげで宇宙の偉大なパワーを感じるようになったんだからぁ」
「夏目先輩」
ユキノは氷のような目でスマートフォンの画面を突きつけた。
「領収書の宛名『宇宙パワー研究所』ですが、、、検索トップに『悪質な霊感商法・詐欺・注意喚起』が出ましたよ」
「、、、あらぁ?」
「、、、ただの静電気」
あおいが冷ややかにツッコミを入れた。
「あと部長、それさっきまでドアストッパーに使ってた。しかも裏に『Made in China』ってシールが貼ってある。完全に騙されてる」
「おかしいねぇ。毎日ナデナデしてたらパワーを感じたんだけどねぇ」
みどりはのんきに笑っている。
「、、、ちょっと待って」
キキがワナワナと震えながら立ち上がった。
「じゃあ、、、私たちが合宿で具なし素麺すすってたのも、、、私が泣きながら自腹を切ったのも、、、」
「「全部、先輩たちの『猫レンズ』と『詐欺の石ころ』のせいじゃないですかーーーっ!!!」」
1年生二人の魂の叫びが響き渡った。あおいは目を逸らし、みどりは「てへっ」と舌を出した。
パンッ!!!
ユキノがバインダーを閉じ、騒ぎを制圧した。
「結論を言います。これほど杜撰な会計管理と私物化を見過ごすわけにはいきません。天文部への文化祭特別予算の支給は『ゼロ』です」
「そ、そんなぁ!」
キキが泣き崩れる。メイド服もすべてが幻と消えた。
「当然の報いです。。。さらに言わせてもらえば」
ユキノはドアノブに手をかけ告げた。
「この文化祭において予算ゼロから自力で資金調達を行い、真っ当な『活動実績』を証明できなければ、、、次年度、天文部は『廃部』とします」
静寂。完全なる沈黙だった。
「では、健闘を祈ります。ごきげんよう」
バタン、とドアが閉まり、生徒会の会計は去っていった。
残されたのは、予算ゼロという現実と、残高3円の通帳。そして中国製の偽隕石と猫の写真を量産する高級レンズだけである。
「、、、終わった」
キキが呟き床に倒れ込んだ。あかりは窓の外、赤く染まり始めた秋の空を見上げた。
先輩たちの業を背負わされた、理不尽すぎる二学期。予算3円から始まる、生き残りを賭けた文化祭の戦いが、今、本当に幕を開けたのだ。




