第17話 残った花火と、夏の終わり
第17話 残った花火と、夏の終わり
八月も残り数日となった夕暮れの河川敷。
風にはほんの少しだけ秋の匂いが混じり始めていたが、星野キキのテンションは真夏日のままだった。
「ファイヤー!!燃えろ私の二千円!!」
キキが両手に持った手持ち花火から、勢いよく火花が噴き出している。
赤、緑、黄色と色を変える強烈な光に照らされて、彼女は謎のダンスを踊っていた。
「ちょっとキキちゃん、危ないよ!振り回さないで!」
少し離れた安全圏から、小日向あかりが声を張る。
「、、、うるさい。煙たい。バカが加速してる」
あかりの隣では深月あおいが眉間にシワを寄せ、首にかけたタオルで口元を覆っていた。文句を言いつつも、手元のカメラのレンズはしっかりキキの奇行を捉えている。
「あはは、元気でいいじゃない。青春だねぇ」
夏目みどり部長は、レジャーシートの上で優雅に麦茶を飲みながらニコニコと見守っていた。
ここは、学校から少し離れた河川敷。
夏合宿で『火気厳禁』のため使えなかったキキの自腹花火セットを供養するために四人は集まっていた。
「あーあ、終わっちゃった」
やがて派手な噴出花火もすべて燃え尽き、キキが肩を落として戻ってきた。
「私の夏休みが、文字通り灰になった、、、」
「宿題のドリルも燃やせばよかったのにね」
あかりが笑いながらペットボトルの水を渡すと、キキは「あかりんが冷たい!」と泣き真似をした。
空はすっかり暗くなり、川の水面が街灯の光を反射して揺れている。
「、、、じゃあ、最後はこれだねぇ」
みどりがビニール袋の底から取り出したのは、細く束ねられた線香花火だった。
「お、風情があるね。・・・あかり、火貸して」
「はい、あおい先輩」
四人はレジャーシートの端に丸くしゃがみ込み、それぞれの線香花火に火を灯した。
ジリジリと小さな火の玉が膨らみ、やがてパチパチと繊細な火花を散らし始める。さっきまでのバカ騒ぎが嘘のように静かな時間が流れた。
「、、、なんか、夏が終わるって感じするね」
キキが火花を見つめながらポツリとこぼした。
「早いもので、来週からもう二学期だよぉ」
「、、、最悪。またあの坂道登るの、憂鬱」
あおいがため息をつく。
あかりは自分の手元でパチパチと爆ぜる光を見つめながら、この数ヶ月を振り返っていた。
天文部に入って、合宿に行って、ファミレスで勉強して、スイカを割って。
色々あったけれど、すごく濃密で、楽しい夏だった。
「、、、二学期も、よろしくお願いしますね」
あかりが少し照れくさそうに言うと、あおいは無言で小さく頷き、キキは「あかりん大好きー!」と抱きついてこようとして、火が落ちそうになり慌てて止まった。
「もちろん。二学期は『文化祭』もあるし、もっと楽しくなるよぉ」
みどり部長が、チカチカと光る火花越しに微笑んだ。
「プラネタリウムに、天体観測カフェ、、、やりたいこと、いっぱいあるよねぇ?」
「はい!私、看板のデザインとかやりたいです!」
キキが元気に手を挙げる。
あかりも「私も、メニュー考えたりしたいです」と頷いた。
「、、、問題は、予算」
あおいが極めて現実的な、そして致命的な一言を放った。
その瞬間、線香花火の火花が三人の手からポトリ、ポトリと落ちた。
「、、、あ」
暗闇の中で、静寂が降りた。
「そういえば、、、私たち、合宿で部費使い切ったんでしたっけ」
あかりの声が震える。
「、、、現在の残高、たしか『3円』」
あおいの声は氷のように冷たかった。
「、、、え、待って。3円でどうやってカフェやるの?もやし炒め?」
「今の時代、もやしすら買えないよ、、、」
と心の中でツッコむあかり。
キキが青ざめた顔で部長を見た。
みどり部長は、最後に残った自分の線香花火の火花を、とても愛おしそうに見つめている。
「大丈夫だよぉ。生徒会に『追加予算』の申請に行けば、きっとなんとかなるって」
「、、、本当ですか?」
「うん。あそこにいる『鬼の会計』が首を縦に振れば、の話だけどねぇ」
ぽとり。
みどりの線香花火が落ちて、辺りは完全な闇に包まれた。
「・・・」
「・・・」
生ぬるい夜風が吹き抜ける。
それは、嵐の前の静けさだった。
「、、、帰って、宿題やろっと」
「、、、賛成。現実逃避する」
キキとあおいは、無言で片付けを始めた。
あかりは夜空を見上げた。星は街の明かりで見えなかったが、確かな「波乱」の足音がすぐそこまで迫っているのを感じていた。
彼女たちの青春(と波乱の文化祭準備)は、まだ始まったばかりである。




