第16話 真夜中の通話と、創作論
第16話 真夜中の通話と、創作論
午前二時。 世界が寝静まった深夜。小日向あかりの部屋だけがノートパソコンのブルーライトに照らされていた。
「んんんん、、、、書けない」
あかりは頭を抱えてデスクに突っ伏した。画面には、書きかけのテキストファイル。カーソルがチカチカと点滅している。それがまるで「まだ書けないの?」「才能ないんじゃない?」と急かしてくる信号のように見えて、あかりは胃が痛くなった。
合宿で見た星空。あおい先輩の写真。みんなと過ごした時間。
書きたいことはたくさんあるはずなのに、いざ言葉にしようとすると陳腐な表現になってしまう。「美しい」とか「綺麗」とか、そんな手垢のついた言葉じゃなくて、もっとこう、胸の奥を掴むような。。。
「あー、もう!ダメだ!」
あかりが自分の髪をクシャクシャにしたその時だった。枕元のスマホがブーッと震えた。画面には『星野キキ』の文字。
「、、、え、キキちゃん?こんな時間に?」
何かあったのかと慌てて通話ボタンを押す。
「もしもし?どうしたの?」
『、、、あかりーん、、、』
スピーカーから聞こえてきたのは、この世の終わりみたいな、へにゃへにゃの声だった。
『、、、UFOが、、、私のプリン、、、食べたぁ、、、zzz』
「、、、寝言?」
あかりは力が抜けて、椅子に深く座り直した。
「キキちゃん、それ夢だよ。プリンは冷蔵庫にあるよ」
『、、、んん?あれ?あかりん?』
ガサゴソと布が擦れる音がして、キキの声が少しだけはっきりした。
『、、、なんであかりん、私の夢に出てくるの?出演料高いよ?』
「夢じゃないよ、電話かかってきたの。・・・私、起きてるから」
『えー。こんな時間まで?不良だー。補導だー』
「違うよ。。。小説、書いてたの」
あかりは少し躊躇いながらも、正直に答えた。誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
『小説?、、、進んでる?』
「ううん、全然。・・・なんかね、書いても書いても、面白くない気がして」
深夜のテンションのせいか、あかりは弱音を吐いてしまった。
「私には才能ないのかなって。あおい先輩みたいに独自の視点があるわけじゃないし、部長みたいに度胸があるわけでもないし、、、」
『ふぁ~~~~、、、ふーん』
キキはあくびをしながら興味なさそうに返事をした。やっぱり、こんな話つまらないよね。あかりがそう思った瞬間。
『、、、でもさ、私は好きだよ』
「え?」
『あかりんの話。……合宿の怪談はビビりすぎてて面白かったし、星の説明してくれた時も、なんか楽しそうだったし』
キキの声は、眠気でトロトロしていたけれど、不思議と芯が通っていた。
『あかりんが「面白い」って思ったことを、そのまま書けばいいじゃん。難しい言葉とか、私わかんないし』
「、、、そのまま?」
『そう。あかりん自身が見た星が、一番綺麗なんでしょ? ……なら、嘘つかずにそう書けばいいじゃん。あおい先輩がどうとか、関係ないし、、、むにゃ』
後半はほとんど寝息混じりだった。でもその単純明快な言葉は、あかりの胸にストンと落ちた。
そうだ。誰かに評価されるために書くんじゃなくて、私が見た景色を残したくて書くんだった。キキの言う通りだ。難しく考えすぎて、自分の言葉を殺していたのかもしれない。
「、、、ありがとう、キキちゃん」
『……んー……プリン……返せぇ……』
「ふふ、やっぱり夢の中だ」
あかりはクスッと笑って、通話を切った。部屋に戻った静寂は、さっきまでよりも少しだけ優しく感じられた。
画面に向き合う。点滅するカーソルはもう敵ではない。次の言葉を待ってくれている相棒のように見えた。
あかりはキーボードに指を置いた。『真夜中の電話は、宇宙からの交信に似ている』
一行目がスラスラと打てた。それはきっと、名作ではないかもしれないけれど。今のあかりにしか書けない、等身大の言葉だった。




