第64話 幻
最近気温の上下が激しくて、ちょっと着るものに失敗した。暑いので仕方なく上着を一枚脱いで腕にかけている。こういうの嫌なんだよね。あー、夜だからって慎重になったのが裏目に出るとは。どうせ歩いているうちに体も温まってくるんだから、少し寒いかもって思えるくらいの格好でよかったんだ……アウトドアスキルは未だに全然身についていないようだな。
どうにも頭がモヤモヤするので、ためしに散歩の時間を深夜にずらしてみた。前に遅くなってしまった時に案外、気分転換になって良かったものだから、神頼みというわけではないのだけれども何か打開できないものかと、またやってみたのだ。今のところの感触としては――上着を着て来るんじゃなかったという後悔しかない。
「まあ、たしかに今回も気分転換にはなっているかな……」
気分だけ良くなってもなー。家に帰ったら何もかも元に戻っちゃうんだよなー。そういう考え方が良くないのかなー。でも実際そうでしょ? ちょっと解決してないことが多すぎて現実逃避したい――いや、すでに現実からは逃避しているんだから、さらに逃避したら逝き着く先は現実になってしまうのでは――それはダメだ!
「いやいや、現実と虚構の二極しかないという発想が貧弱では……?」
うーん、つい癖で中身のない反論をしてしまった。負けず嫌いなのか何なのか、論破的な事に執念を燃やしがちなんだよね。単にその場で気分が良くなりたいだけだから質が悪い。自分が得をしない哀れな特性だ。マイナススキルってやつなのかな? ということは、その不遇と引き換えに何か特別な能力に目覚めていてもおかしくは無いのではないか――そろそろお披露目してもいい頃合いだろう!?
「――!」
おっと危ない、今は深夜だった。そろそろ日付も変わるかという頃合いだ。ここら辺には激レアラーメン屋があるってことみたいだし、誰か住んでいるかもしれないからな。数少ない隣人と険悪になってはいけない。とはいえ――たしかこのあたりだったと思うんだが、やっぱりラーメン屋どころか人の気配が全くないな。
「たまにフラリとやってきて店を開くのか? もしかして移動販売的なノリだったりする?」
このあたりに固定で店を構えるメリットが皆無だからな……ヘアーサロンだって実態は訪問サービスのようなものだったんだし、ラーメン屋もそういうノリじゃないと商売が成り立たないんじゃないのか? それこそ全国各地を駆け回る屋台とか、この世界なら、そういうのがあっても違和感はない。
「今夜はそういうイベントが起きる回なのかなー?」
夜中にラーメンかー。体にはあんまりよくないかなー。でもたまにはいいか。あ、でも現金持ってきてない。キャッシュレス決済に対応している屋台って普及してるのかな? でもここに来てから現金なんて使ったことないし、たぶん大丈夫だよね! 何味がいいかなー。コッテリとんこつはさすがに自重して、あっさり系のを軽く一杯に留めるべきか――うーん悩んじゃうね!
「ちょっといいですか」
「……えっ!? あ、じゃあ醬油味で」
「……何を言ってるのです?」
「あれ、えっと……屋台は?」
「寝ぼけてるのですか? 出直した方が良いですかね」
「あー、ちょっと考え事をしていたもので。あなたは――」
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