世話係と許嫁と
武官が見守る中、紫釉様たちが蹴鞠に励んでいる頃、私と静蕾様は庭が見える一室で簡単な食事をとることに。
早朝から忙しくていて、すでに陽が高い位置にあるのにこれが最初の食事だった。
「温麵がこれほどおいしく感じるとは、知りませんでした」
平たく短い麺に香辛料で煮付けた肉や野菜のタレを絡めた温麺は、使用人がよく食べている簡単な食事だ。後宮の宮女らの間ではかなり人気があり、食堂では頻繁に出てくるものの、味が単調なので飽きるのが難点だった。
けれど、今日はかなり空腹だったのでいつもより何倍もおいしく感じる。
「今は鹿肉がおいしい時期ですから、それもあると思いますよ」
静蕾様は、私が頬張る様を見てくすりと笑う。
そして窓の外を見て、紫釉様が楽しそうに走るのを二人で眺めた。
「あれはお召し替えが必要ですね」
「そうですね。砂が髪にもついているので、手巾を湯で濡らしてそれで落としましょうか。そろそろ桜綾たちが一式を持ってくる頃でしょう」
元気なことはいいことだ。
ただし、私たちがついていけなくなるのは近いかもしれない……。
一抹の不安が胸によぎる。
紫釉様がうちの飛龍みたいにわんぱくになる日は来ないだろうけれど、これからどんな風に成長なさるかは未知数だ。
でも、私も負けじと体力をつけるほかはない。
おそばにいると決めたからには、紫釉様についていけるお世話係にならねば!
「武官の方は、どのように体力をつけているのでしょうか?」
「……凜風。いけませんよ?私たちはあくまで世話係であって、怪我をするようなことはしてはなりません」
「それは、そうですけれど」
静蕾様が苦笑する。
私は考えを見透かされたことが恥ずかしく、伏し目がちに言った。
「良家の娘は走ってはならぬ、重い物を持ってはならぬ、汗をかいてはならぬ。あれもこれも禁じられ、どうやっても体力をつけられません」
嘆く私。静蕾様も、深く頷いた。
「わたくしは、身体を動かすより書を読んでいる方が好きでしたからそのように思うたことはありませんが、確かに体力があったならばもっとできることは多いでしょうね」
「そうですよね」
「そういえば、舞はやらぬのですか?二胡も素敵ですが、舞ならば体力がいるでしょう?動機としてはいかがなものかと思いますが、舞をやってみては?」
その言葉に、私は目を瞬かせる。
「そうですね。舞ならば父に叱られることはないでしょうし、衣が重くて体力もつきそうです」
一通りは習っているが、私は二胡に専念していたので舞はもう随分と長い間踊っていない。子どもの頃に習ったものは身体が覚えているというけれど、実際のところどうなんだろう?
「蒼蓮様に教えてもらえばよいのでは?あの方は、何でもお出来になりますから」
「蒼蓮様に、ですか?」
「ええ、許嫁になったことですし、もう少し共に過ごす時間を持ってもよいのではと思うておったところです」
「それは、そうかもしれませんが……」
忙しいあの方に、体力をつけたいので舞を教えてくださいって言える?
申し訳なくてとてもお願いできそうにない。
ここでもまた、私の考えることを読んだ静蕾様は美しい所作でお茶を飲んでから言った。
「近くにおると言っても、お勤めと私事では異なりましょう。あなたのことですから、色恋よりも世話係の職務をまっとうすべきと思っておるのでは?」
「それはそうでございましょう?」
まるで、静蕾様はそうではないというお考えのようで私は目を丸くする。
結婚を辞めてまで、紫釉様のおそばにいることを選んだ人がそんなことをおっしゃるとは予想外だ。
「どちらもできるときは、どちらも選べばよいのです。一度きりの人生、得られるものはすべて得ようという心意気で生きてみてもよいのではないか、と私は思うのですよ」
「静蕾様……」
「まだ若いあなたには、それができます。それに」
「それに?」
「あまり蒼蓮様を放っておくと、向こうがしびれを切らして大変なことになりそうで」
「大変なことって何ですか!?」
私はぎょっと目を見開いた。
静蕾様はおかしくてたまらないという風に、でも袖で口元を隠しながらクスクスと笑っていた。
「さて、舞のことは自分から蒼蓮様に願いなさい。きっと喜ぶと思いますよ」
私たちは食事の終わった膳を給仕係に任せ、二人並んで部屋を出る。
まだ紫釉様たちは楽しそうに鞠を蹴っていて、遠めに見てもその和やかな雰囲気が伝わってくるようだった。
「あれが牛の腸だなんて……。あれを蹴るのは抵抗がありますわ」
「静蕾様、私もそれは思っておりました」
後宮に来るまで、あれが何か知らなかった。
女人でも蹴鞠を嗜む人はいるらしいが、五大家の娘ともなればケガをしそうなことは一切しない。
てっきり大きな木の実の殻だと思っていたら、牛の腸だったとは驚きである。
怖い。触りたくない。
率直な感想はそれだった。




