思いがけない再会
静蕾様と共に廊下を歩いていると、見知った人物とばったり出くわした。
「凜風、久しぶりだな」
黒い長衣のその人物は、私の叔父・朱哉嵐だ。父によく似た顔立ちながら、父よりも目が大きく柔らかな雰囲気である。
「叔父上、お久しぶりでございます……!」
柳家の二男として生まれた叔父は父の一つ下で、朱家に婿入りした。
宮廷では、皇帝陛下の執政を補佐する尚書として働いている。今、皇帝陛下は5歳の紫釉様なので、皇帝代理である蒼蓮様の管轄する書簡室の長だ。
静蕾様も、私と共に一礼する。
叔父上は私の姿を上から下まで見て、ふっと笑いを漏らした。
「まさか本当に陛下の世話係をしておるとは……。話には聞いておったが、困った娘だな」
「ご挨拶に行けず、すみませぬ。こうして無事に勤めに出ております」
私も笑って答えた。
叔父上は、皇后候補の選定のときに、最後まで父を説得すべく尽力してくれた。結果は、まぁ、あのようなことになったわけだけれども。
「謝らんでもいい。文で知らせてくれただけで十分だ。それはそうと、あの兄がよく許したものだな。いずれ詳しく話を聞かせてくれ」
「ははっ、あの、まぁ、はい」
ええ、本当に。あの父がよく許したものだわ。
けれど、叔父上にも詳細は言えない。まさか、蒼蓮様と私の縁組に利を見出した父が、世話係を続けることに納得してくれたなんて。
叔父と姪とはいえ、柳家の者ではないこの人に内情を話すわけにはいかなかった。
「それでは、まだ勤めがございますので」
そう言って頭を下げ、私は静蕾様と共に叔父上とすれ違う。
するとそのとき、叔父上が私の髪飾りに目を留めた。
「凜風、簪が……」
「え?」
私は己の頭に右手を添える。
蒼蓮様にいただいた簪が、そこにはあるはずだ。
「あぁ、ずれておりますね」
そう言って簪をしっかりと挿し直すと、私は叔父上にお礼を述べる。
「ありがとうございます。危うくどこかで落とすところでした」
「あぁ……、いや、気づいて何よりだ」
「それでは叔父上、また」
笑顔でそう告げ、私たちは青の間へと向かって足を進めた。
しばらくすると、静蕾様が不思議そうな顔で口を開く。
「朱哉嵐殿は、どこかお身体がお悪いのですか?随分と独特な香りがいたしましたが」
静蕾様は、叔父上の衣から香る煙草の匂いを指摘していた。
「叔父上は昔から異国の葉巻や嗅ぎ煙草が趣味でして、身体が悪いわけではなくあくまで趣味だと思います」
四十代なので、まったくどこも異常がないかと言えばそれはわからないけれど、叔父上が調子を崩しているという話は聞いたことがない。
この国では、異国の嗅ぎ煙草を「病によい」という理由で買い集める者も多いが、叔父上の場合はそういった理由ではないと思われる。
私が否定すると、静蕾様がホッとした表情に変わった。
「先帝様が病に伏せられた際にも、様々な治療法を試しました。その中に、異国から手に入れた煙草もあったのです。あの香りで、ふと思い出しました」
「そうでしたか……」
先帝様の病は、結果として誰も治すことができなかった。
その末期にもなると、怪しげな占い師や気功術師、祈祷師などを先帝様に会わせようとする大臣や公主らがいたほどで、父がそれを「バカバカしい」と一蹴していたのを思い出した。
願って病が治るのなら、それほど楽なことはない。父はそうも言っていた。
ただ、叔父上はそのときも父と意見が合わず、陛下に祈祷を受けさせてはと言っていて、兄弟なのに昔から意見が合わないのだと父の宮女が嘆いていたのを思い出す。
「叔父上は、昔から私に優しくしてくださいました。長生きしてくれるとよいのですが」
「そうですね。柳右丞相と朱尚書様の仲があまりよくないということは宮廷中の誰もが知ることですが、あなたにとってはよい叔父なのでしょう」
兄弟仲がよくないというのは、珍しいことでも何でもない。
父と叔父が宮廷で知れ渡るくらい不仲だったとは、今初めて知ったけれど……。
あの父の頑固さだから、叔父上が反発するのも私にはよくわかる。
かといって、父のやることはだいたい間違っていないからなおさら腹が立つのだ。悔しいかな、右丞相として、柳家の当主としては圧倒的に実績がある。
「皆仲良く、とはならぬものですね」
呟くようにそう言えば、静蕾様も小さく頷いた。
「どこも似たようなものです。私たちにとって、紫釉様がそのような諍いに巻き込まれないということは救いです」
確かに、と私は納得する。
先帝様のお子は紫釉様おひとり。これは皇族としては心もとないことだが、隣国では跡継ぎ争いで皇子が二人も命を落としたとも聞いたので、骨肉の争いを繰り広げずに済むという点だけは救いである。
元気いっぱいに遊ぶ紫釉様を見ると、自然に口元が弧を描いた。
「ご兄弟と遊ぶことは叶いませんが、よき友が見つかるといいですね」
少年皇帝という稀有な存在である以上、対等に語らえる存在を得るのはむずかしいかもしれない。けれど、それに近しいような友ができることを願う。
「あら、あちらにも心配そうなお顔の方が」
廊下の角を曲がり、宮女らがいる建物へと繋がる橋を渡ったとき、向かい側にある執政宮の廊下を見て静蕾様がくすりと笑った。そこには、執務の合間に様子を見に来た蒼蓮様のお姿が。
紫釉様の楽しげな雰囲気を感じ取り、蒼蓮様はどことなく満足げに見える。
私と静蕾様は、歩きながら目を見合わせて笑うのだった。




