9.蠢動
日没から3時間後、伊23は換気と充電のために浮上した。
結局、ナイオブララの最期は見届けなかった。
ナイオブララは船全体が炎に包まれ、天高く黒煙を噴き上げながら激しく燃え続けていた。炎はほぼ満載状態の油を餌に凄まじい勢いで燃え上がっており、燃えながら船の周囲に流れ出た油は外側から船体を炙っている。
船の内外から業火に責め苛まれているのに加えて乗員の大半は船体中央部で起こった大爆発に飲み込まれたと考えられるため、沈没は確実と判断した。
また天高く立ち上る黒煙は敵の飛行機や艦艇を引き寄せる可能性があるため、伊23は止めを刺すことなく潜航したまま現場を離脱した。
そして日没後、周囲の安全を確認した上で浮上したのである。
「司令部宛の報告が終わりました」
艦橋ハッチから土屋が顔を出した。
潜水艦は隠密行動を旨とする以上、電波の輻射は避けるべきなのだが、戦隊司令官の命により1日1回の報告を行わなければならない。
電波を出せば方向探知ですぐに発信位置を割り出されてしまうため、可能な限り略号や符号を使って電文を短くしたり、発信後はその海域から距離をとるよう工夫している。しかし電文を短くするにも限度があるし、潜水艦の1日の移動距離などたかが知れているため、いつかは発見される可能性が高い。そうなったら飛行機と対潜艦艇に寄って集って制圧されてしまう。
それに敵に発見されなくても、肝心の商船がこの海域を迂回してしまえばもう手を出すことができなくなる。
元々索敵力と移動力が貧弱な潜水艦は会敵の機会がそう多くない。にも関わらずこちらが待機する海域を迂回されてしまっては会敵機会は皆無、完全にお手上げだ。
制圧部隊を出すよりもこちらの方が簡単に被害を抑えることができるから、実はもう始めているかもしれない。
トラックを出撃して2週間が過ぎた。葉野菜や肉、魚といった冷蔵品は食べ尽くし、生鮮食品は根菜類だけになった。それさえもあと1週間もすれば底を尽き、米飯以外の全てが缶詰の生活が始まる。
大型の伊号潜水艦は60日から70日の作戦行動が基本だから、行動期間の半分以上を缶詰食で過ごすことになるのだ。
長年に亘る研究の甲斐あって潜水艦用の加工・保存食品や缶詰は驚くほど種類がある。粉末の味噌や卵に乾燥野菜、漬物の瓶詰。缶詰なら赤飯、稲荷寿司、餅、野菜の水煮、はてはウナギの蒲焼なんてものまである。
これらを食べてさらに軍医長が配るビタミン剤を飲めば一応は体の維持に必要な栄養素を摂取することができることになっている。
味を別にすれば、だが。
野菜の缶詰類は軒並みまずい。里芋は水煮のはずなのに砂を噛んでいるような舌触りだし、アスパラガスはなんとも形容しがたい噛み心地に仕上がっている。一方で赤飯などのご飯類や牛肉の大和煮、ウナギの蒲焼、沢庵は人気がある。
しかし海上で過ごす時間が長くなるにつれて乗員の食欲は減退していく。そうなると人気のある缶詰ですら缶の金属臭さが鼻につくようになり、ますます食欲が削がれてしまう。
だから長期間の航海を終えると乗員は大体体重が減っている。中には5キロから7キロも体重を減らす者もいるほどだ。
ビタミン剤すら受け付けなくなった結果、帆船時代でもないのに壊血病に罹る者さえいる。
風呂もない、煙草も自由に吸えない、日光すら浴びられない、娯楽もなければ食べる楽しみもない。
ならばせめて戦果をと思っても、それが叶わないとなれば帰還までただひたすら緊張と変化の乏しい毎日に耐え続けなければならない。
もちろん乗員一人一人の愛国心や任務への献身については疑うべくもない。だが、それに甘えて手を拱いているだけでは艦長の資格はない。
武田は艦橋から発令所に下りると海図を広げた。
敵が航路を変えるなら、こちらも河岸を変える必要がある。もし一週間たっても敵船に遭遇しなかったら哨戒海域をもっと東方かあるいは南東方向にずらすか
「艦長、司令部からです!」
武田が海図を眺めながら今後の方針について考えていると、妙に興奮した様子の土屋が電文用紙を差し出した。
ここ数日間、ソロモン諸島及び豪州東方方面でアメリカの空母が活動している兆候があること
ツラギ島に対する空襲や、珊瑚海を航行中の味方潜水艦に対する攻撃はいずれも艦上機によるものであることから、米軍が珊瑚海または豪州東方海域に空母部隊を投入した可能性が高いこと
第一潜水戦隊所属の潜水艦は交通破壊戦を一旦打ち切って珊瑚海方面に速やかに進出すること
各艦の配置は追って指示すること
電文には敵情と共に新たな命令が記載されていた。




